長野県松本市の浅間温泉街の路地を入った静かな一角に、そのアトリエ兼自宅はひっそりと佇んでいました。ご縁をいただいて、松本に取材で訪れた帰りに訪ねたその古民家は、とある夫婦が暮らし、そしてモノづくりをする場所。足を踏み入れると、和室の香りと懐かしい温もりが広がっていました。
ご主人の中井佑太さんは屋号を「yoshinoyashimachi」としてカゴバッグの作家を生業にしています。アトリエとして使う1階の和室にはカラフルなカゴバッグが飾られ、その奥の棚には輪積みにされた紐とカラフルな糸巻きがずらりと並んでいました。京都、それも西陣で染められたこれらは、コットンの紐にシルク糸を縫い付けて成形され、やがて鳥の巣のような形をした独特な姿に変貌します。
アトリエとなっている和室の一角。カゴバッグや紐や糸が所狭しと並ぶ
中井さんの祖父は左官職人だったそうで、四隅を丁寧に仕上げるその仕事を目の当たりにして、幼い彼は不思議と「角(かど)」に目が行ったと言います。
そして成長するにつれて彼が気づいたのは“角を作るのは人間だけだ”ということ。それ以外の生き物、動物や植物の世界は、全てが「円」でできている...そう気づいた瞬間から、彼の創作の目は自然と「円」に向けられるようになったのだそうです。
特に魅了されたのが鳥の巣でした。そして、その柔軟さと強さ、美しさに注目して、「円」の哲学をモノづくりに取り入れることを思いつきました。
実は以前は納棺師として働いていた経験がある中井さん。その時に得た「人間と自然の調和」についての深い考察も、彼の作品作りに影響を与えているのかもしれません。
製作は古民家の1階の和室、しかも床の間に設置した棚の上のミシンを使って、立ったままの縫製作業。その姿にびっくりしていると、「この方が疲れないんですよ」と笑いながら話してくれましたが、その姿勢が自然と手作業のリズムを生むのかもしれません。
和室の床の間に置かれたミシンの前で、立ったまま何時間も縫製する
すべて手作り。小さいものでも丸2日間、大きいものはその倍以上の時間を要します。絹糸を一針一針縫い込むその作業は、まるで鳥が巣を編む姿そのものです。その仕上がりは、ただの実用品という枠を超えて、美しいオブジェのよう。手に取ると、自然の「円」が持つ調和や柔らかさが感じられます。洋服だけでなく、和服にも馴染むデザインは、使う人それぞれの日常にそっと溶け込むようです。
思えば鳥の巣は、円でありながら隙間だらけ。でもその隙間が、風を通し、光を取り込む役割を果たします。「yoshinoyashimachi」のカゴバッグも光の具合で全く違う表情を見せてくれます。
自然と人間の間にある微妙な境界線を繋ぐような彼の作品。松本市の静かなアトリエから鳥のように飛び立って、どんな風景と出会うのか…それを想像すると胸が温かくなりました。
中井ご夫妻。奥様の亜沙子さんはデイデイ洋裁店を屋号として活動している
「yoshino yashimachi」https://www.instagram.com/yoshinoyashimachi