「ニホンノカタチ」的イノベーター編、今回は歌舞伎役者の中村橋吾さん。前編では歌舞伎役者になるまでのお話と現在、そしてこれからの活動についてお話を伺いました。後編では、歌舞伎役者の化粧、「隈取(くまどり)」に注目。その工程を興味深く撮影させていただきました。
「隈取」と言えば歌舞伎の代表的な化粧方法ですが、その始まりは初代の市川團十郎が紅と墨を用いて施したものだといわれています。「隈」は光と陰(かげ)の境目を意味し、血管や筋肉などを大げさに表現したもの。薄暗い芝居小屋でもその表情がはっきり見て取れる効果があります。また隈取は役柄によって異なり、今回橋吾さんに施していただいたのは、「筋隈」と呼ばれる荒事の役者が施す代表的なものでした。
隈取に使われる道具(右:橋吾さん提供)
隈取を始める前の準備には色々なアイテムが登場。まずはおしろいが余計なところにつかないように「はぶたえ」と呼ばれる布を頭に巻きます。続いて相撲の力士が髪の毛に使用することで知られる「びんつけ油」を顔全体に塗ります。これがおしろいをムラなく塗るための化粧下地の代わりとなるわけです。それから「太白(たいはく)」と呼ばれるロウを熱で溶かして、眉を潰して固めます。
隈取では自眉を使わないので、どんな形にもすることができるんですね。
まずははぶたえを巻いて
準備が整ったらいざ白塗りへ。水で溶いた白粉を、刷毛でムラにならないように一気に塗ってから、スポンジでぽんぽんと叩いて水分を取っていきます。ここまではスピード勝負。手慣れた様子で、橋吾さんの顔も一気に白くなりました。話によると、この刷毛の代わりに昔はウサギの手を使っていたとか。先人の知恵とはいえさすがに驚きました。
歌舞伎の世界にはいわゆる化粧専門のメイクさんがいないため、自分で化粧を施す(隈を取る)ことが当たり前。その個性も含めて役者の魅力となるのでしょう。橋吾さんは幼少期から絵を描くのが好きだったので、養成所で隈取を学ぶのも楽しかったそうです。
おしろいを一気に塗っていきます
ベースが完了して、隈取りを紅と墨で表現します。これが表情を立体的にして、その役柄や役者自身の個性を表すもの。筆を手に取るとぐっと目に力が入った橋吾さん。
筆を使って自分の顔に筋を描いていく様子は、まるで絵を描くようで、いわゆる化粧とは全く異なる印象でした。「紅」は正義や強さを表し、その「隈」が多いほど、血気盛んで豪快な若者を意味します。その後墨を乗せて、指で少しずつぼかして太さや濃さを調節して陰影をつけていきます。なかでも口元と目元は入念に。キリリと締まっていく表情にぐぐっと魅せられました。
ベースから仕上がるまでに実に20分。もっと時間がかかるものだと思っていましたが、隈取は大胆に仕上げるのがよいそうです。
筆と指を使って隈取が一気に仕上がっていきます
歌舞伎役者が「隈を取る」ことで、言葉のわからない外国人や歌舞伎に馴染みのない観客にも、役者の表情が読み取れてその役柄を理解しやすいのだと言います。なかなか注目することのなかった隈取に目を向けて歌舞伎を楽しんでみるのもよいのかもしれませんね。
プロフィール
歌舞伎役者 中村橋吾(なかむらはしご)
屋号 成駒屋
山形県鶴岡市生まれ。一般家庭から歌舞伎の世界に入り、歌舞伎座を中心に第一線で活躍。平成中村座ニューヨーク公演をはじめ、海外公演にも多数参加。テレビCMや様々なメディア、動画 媒体への出演や、子供から大人まで楽しめる歌舞伎ワークショップの講師を勤める。近年、社会問題をテーマにした創作歌舞伎をアートパフォーマンスとして上演。舞台以外の分野でも多方面で活躍している。