マイスターと世界遺産の知の旅へ by 山本厚子

第4回 グランド・モスクの柱はカルタゴ遺跡から流用!? 14世紀の街並みが残るチュニス旧市街 (チュニジア)

アラブ諸国を旅すると、必ず訪れたいと思うのがメディナと呼ばれる旧市街でしょう。迷路のように路地が延び、スパイスや衣料品、金製品、雑貨などのスーク(市場)が広がる風景は、異国情緒たっぷり。モロッコのマラケシュやフェズ、シリアのダマスカスなどの旧市街が世界遺産となっていますが、チュニジアの首都チュニスも「チュニス旧市街(Medina of Tunis)」として1979年に世界遺産に登録されています。

狭い通路が続くチュニスのメディナ

 旧市街を指すアラビア語の「メディナ」は、英語の「シティ」や「タウン」にあたる言葉です。チュニスでも、本来メディナと呼ばれていた場所を中心として街は発展してきたのですが、今は近代的な新市街が隣接して広がっています。

旧市街と新市街を隔てるフランス門。旧市街を囲んでいた城壁の一部が残されたもの

歴史を紐解くと、カルタゴ滅亡後、チュニジア一帯はローマ帝国、そしてビザンチン帝国に支配されていましたが、661年にアラビア半島で興ったイスラム王朝ウマイヤ朝が版図を拡大し、670年頃には北アフリカへ進出。最初に北アフリカの拠点として建てられたのはケロアン(カイルアン)でしたが、698年にチュニスを首都としました。そして街の建設とともに着工されたのがグランド・モスクです。ケロアンのモスクに次いで古い歴史を持ち、現在もチュニジアの信仰の中心となっています。

グランド・モスクのミナレット

グランド・モスクは、この地にオリーブの木があったことから「オリーブの木のモスク」の意味で「ザイトゥーナ・モスク」と呼ばれています。観光客は礼拝室には入れないのですが、そのホールに立つ約200本の柱は、カルタゴ遺跡から移築された石材が再利用されています。中庭を囲む大理石の柱もよく見てみると、柱頭に葉飾りがあるコリント式で、アラブの様式とは異なる、地中海の文化を感じます。

中庭を囲む回廊には、アーチ状の円柱が立ち並びます

ウマイヤ朝後のアグラブ朝、ファーティマ朝などはケロアンを首都としましたが、13世紀になるとハフス朝がチュニスへ遷都。ヨーロッパとアフリカの中継貿易で発展し、14世紀には、メディナの街並みも現在ある姿に整えられました。それ以降ほとんど姿を変えていないといわれています。日本で例えるなら、室町時代の伝統的な街並みが今も残っていて、そこで人々が暮らしているということですから、驚かされます。まさに世界遺産にふさわしい場所ではないでしょうか。今も多くの市民が行き交う、活気溢れるメディナに足を運び、往時の面影を感じてみてはいかがでしょう。

グランド・モスク

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