マイスターと世界遺産の知の旅へ by 山本厚子

世界遺産への旅Vol.22 アルコバサ修道院(ボルトガル)

5月の記事に引き続き、ポルトガルの世界遺産へご案内します。
今回はリスボンの北、バスで1時間半~2時間のアルコバサという町にある修道院のご紹介です。

正式名称をサンタ・マリア・デ・アルコバサ修道院といい、初代ポルトガル国王として即位したアフォンソ1世によって1153年に建設が始められました。独立したばかりのポルトガルをキリスト教国の一員として地位を確立したかったアフォンソ1世は、シトー会に修道院を寄進します。当時、シトー会はローマ教皇の信頼が厚く、ヨーロッパ全体に力を持っていたからです。
シトー会とは、カトリック教会のベネディクト会から派生した修道会で、フランスのシトーに設立されたことにその名が由来します。神学者クレルヴォーのベルナール(聖ベルナルド)のもと大きく発展したので「ベルナルド会」とも呼ばれています。シトー会は質素・簡潔の精神に基づき、労働や学習を重んじました。アルコバサ修道院の建設途中から修道士たちが暮らし始めます。外部とは接触せず、自給自足を旨とする彼らは、アルコバサ周辺の開墾を行っていきました。

アルコバサ修道院はその後も増改築を継続し、聖堂、5つの回廊、7棟の寮、食堂や厨房、来訪者のための宿泊所などをもつ壮大な建造物となりました。ポルトガルにおけるシトー・ゴシック芸術の傑作として評価されています。
世界遺産の10の登録基準のうち(ⅰ)人類の創造的才能を示す傑作と(ⅳ)建築技術や化学技術の発展を伝える例の2つの基準が認められています。

修道院の一部が公開されていますので、写真とともにご案内します。


ファサード(建築物の正面部分)は18世紀に改築されたため、バロック様式となっています

ファサードの入口をくぐるとあるのは聖堂です。

12~13世紀に造られたもので、禁欲的なシトー会の精神を表わすかのように彫刻や装飾を配した空間となっています。天へ届くようにのびる列柱だけが幾重にも重なり、それゆえ余計に荘厳さが際立ち、美しく感じられます。


前方に進むと、キリスト像を掲げた礼拝堂が見られます。

次に向かいます。聖堂に向かって左手、チケット売り場の奥に入口を入ると、「王の広間」と呼ばれるところです。


16世紀末ごろから修道士たちは文化芸術活動に力を注ぐようになります。王の広間は18世紀に造られたもので、粘土細工僧による歴代国王の像が飾れています。

壁のアズレージョ(装飾タイル)には、修道院創設時の物語が描かれています。

さらに進むと「ドン・ディニスの回廊」に出ます。


14世紀に第6代ポルトガル王ディニスによって造られ、「沈黙の回廊」とも呼ばれています。シトー会が建築したなかで最大級のものだそうです。


中庭を囲む回廊。2階部分は16世紀に増築されたマヌエル様式です。回廊から望む鐘楼は18世紀の作です。

最盛期には約1000人もの修道士たちが暮らしたので、厨房もとても大きいです。



巨大な煙突に、アルコア川の水を引き込んだ水場など、当時の最先端の技術が導入されています。

ここで一度に数百人分の食事が作られたそうです。

そしてこちらは食堂。


面白いのは細長いドア。ここを通れない修道士は食事制限させられたそうです。

他にも

「僧の広間」は15世紀から16世紀に僧の宿泊所だった場所。


「参事会堂」には歴代の修道院長が埋葬されています。

 

また、アルコバサ修道院はポルトガルの詩や伝説の中で語り継がれている悲恋物語の主人公、ペドロ1世とイネスが眠る棺があることでも知られています。
アフォンソ4世の息子ペドロ1世は、カスティーリャ王国の王女コンスタンサと政略結婚させられますが、美しい王女の侍女イネスと恋に落ちてしまいます。コンスタンサの死後、イネスを側室に迎えますが、カスティーリャ王国の圧力を恐れた国王と重臣によりイネスは暗殺されてしまいます。ペドロ1世は王位継承後、暗殺に係わった重臣を処刑し、イネスを正式な妻としたそうです。

修道院内の翼廊にふたりの石棺があります。

ライオンに支えられたペドロ1世の石棺。


キリストの誕生から復活までを描いたレリーフが美しいイネスの石棺。14世紀を代表する棺彫刻の傑作だそうです。

2人の棺をここに移送したのはドナ・マリア1世です。18世紀に造られた「王室パンテオン」にはほかにも王家の棺が置かれています。

7世紀という長きにわたりこの地で暮らした修道士たちも、1834年に宗派が解体されると立ち去りました。質素・簡潔の精神をもつシトー派の修道士たちも時代の中で権勢を誇るようになると質素が影をひそめ、彫刻や装飾のある芸術作品を生み出すようになったのは興味深く思えます。
それでも、このアルコバサの壮大な建造物の中に立つと、やはりシトー派の精神が今も宿っているように感じました。
ポルトガル訪問時には、ぜひ訪ねてみてください。

アルコバサの街角

 

■ポルトガル・1989年登録・文化遺産
■アルコバサ修道院
(Monastery of Alcobaça)

 

 

(文・山本 厚子)

 

 

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