遠野と聞いて真っ先に思い浮かぶ柳田國男の『遠野物語』は、遠野に伝わる昔話を1冊にまとめたもの。
数多くの民話が残る遠野を訪ねると、心あたたまる風景にそこここで出合えます。
遠野ふるさと村は古きよき農村の風景そのもの
森の中の小道を歩くと、現れる遠野ふるさと村の門。一歩中へ入れば、そこはもう昔の遠野そのままの世界。
稲穂が実る田んぼの周りに点々と古民家が立ち、思わず「うわぁ、ステキ」と独りごちてしまいます。
この門をくぐると、タイムスリップ気分を味わえます
遠野でも少なくなってしまった伝統的な家屋を保存している遠野ふるさと村。江戸中期から明治中期に建てら
れた古民家の多くは、「南部曲家」と呼ばれる建物で、玄関のすぐそばに厩がある、馬と人が共存するために
生まれた形。座敷や台所などがある長方形の家の主体の部分に、突出するように厩が付いているのでL字型に
なっています。門から最も近い場所に立つ南部曲家の「大工どん」の家に早速入ってみると、太く、黒々とし
た梁や柱は実に立派。感銘を受けつつ、座敷に上がって見学していると、「お茶っこ、どうぞー」と声をかけ
てくださる方が。遠野の伝統・文化を守る人を「まぶりっと(=守り人)」というそうで、このふるさと村の
景観を守るためにまぶりっとの方々が活躍しています。声をかけてくださったのは、そのメンバーのお一人。
囲炉裏に腰掛けて、お茶とおせんべいをいただきました。こちらのまぶりっとの方も、その昔、曲家に暮らし
ていましたが、茅葺屋根の職人さんの確保がままならないため、家を建て直すことにしたのだそう。そういえ
ば以前、茅葺屋根の旅館を営む方にお話を伺った際、屋根の葺き替えだけでも数千万かかるとおっしゃってい
たなぁと思い出しました。古民家への憧れは多分にありますが、維持することの大変さは計り知れないものが
あります。一概に「もったいない」とは言い切れない現実が立ちはだかります。
大工どんの家。左側が厩があった場所。実際に馬がいる曲家もあります。大工どんの家では昔の日用品などが展示されていました
部屋の片隅にカゴが。赤ちゃんを寝かせるのに使用されていたそう。最近では猫用に買い求める方も。大工どんの家のオシラサマ
そんな話をしていると、まぶりっとさんに「オシラサマ」は見たかと聞かれました。遠野に来て真っ先にこの
ふるさと村にやってきたと話すと、贅沢にも私だけのためにオシラサマの話を聞かせてくれました。遠野の言
葉で語られる美しい娘と馬との悲恋。娘と恋仲になったため、父親の怒りを買い、殺されてしまう馬。最後に
二人は天に昇り、オシラサマという神になるというストーリー。大工どんの家の床の間にも、馬と娘をかたど
った2体のオシラサマが家の守り神として祀られています。
曲家のなか。天井が高く、開放感があります。園内にはお地蔵さんが祀られ、ほのぼのとした風情が。ポニーちゃんも絵になる!
囲炉裏の火で温まりながら聞く昔話が、おばあちゃんの家を訪れたようなくつろいだ気持ちにさせてくれました。
気づけば小一時間ほど大工どんの家にいたでしょうか。まぶりっとさんにお暇を告げると、園内に馬がいること
を教えてくれました。大工どんの家の2軒となり、明治初期に建てられたという「大野どん」の家は、曲家の裏
に馬場があり、そこにいたのはかわいらしいポニー。いい音を立てて一心不乱に何やら食べています。よく見る
と、あたりに植えられている栗の木から落ちた栗がおやつになっている様子。ポニーの背景に、すっと立つ南部
曲家。聞こえてくるのは栗を食むリズミカルなぼりぼり音のみ。なんてのどかなんだろう。ポニーに生まれ変わり
たくなります。
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遠野の昔話を聞くなら伝承園へ行くべし!
私は、ラッキーにも独り占めで昔話を聞くことができましたが、語り部による昔話を聞くなら遠野伝承園がおす
すめです。4月下旬〜11月上旬の土・日曜・祝日に、語り部を囲んで昔話を聞くイベントを1日2回行っています。
語り部の昔話の会場は、伝承園内に立つ曲家のなか。ここには、オシラサマを祀るオシラ堂もあります。6畳ほ
どの堂内の壁を埋め尽くすように祀られたオシラサマ。体にまとう色とりどりの布一枚一枚に、人々の願いが書
かれています。早速私も布に願いを書き込み、オシラサマに着せて想いを託しました。
この回廊の奥がオシラ堂。カラフルなタイルのように見えるのが、オシラサマがまとう布です
お参りを済ませたあと、囲炉裏のある昔話会場へ。囲炉裏端に先客が1名おり、語り部と雑談しているところ、
仲間に入れていただきました。この伝承園には上皇・上皇后両陛下(当時は天皇・皇后両陛下)も足を運ばれ、
囲炉裏端におかけになったそう。先にいらした方の隣にたまたま座ったのですが、先客の方が天皇陛下の座ら
れた場所、私の場所は皇后陛下がおかけになったのだと、その直後に伺いました。なんと!囲炉裏端を囲むよ
うに敷かれた座布団は結構薄め。これに座られたのかしら、と思いましたが、いえいえ、違います。座敷への
上り口に両陛下が使用されたという座布団が、ちゃんとガラスケースに入れられて展示されていました。しっ
かりとした厚さがある座布団。そりゃ特別なものを用意するよね、とひとり納得(?)しました。
この囲炉裏を囲んで、語り部の方の昔話を聞きます。「スキマが多いから
いい感じで換気されるのよー」と笑いを誘うお茶目な語り部さん
ふるさと村のまぶりっとさんといい、伝承園の語り部の方といい、訪れる人の気持ちをほっこり和ませてくれ
ます。漂う空気があたたかいので、となりに座る初対面の方との会話も自然と弾みます。
私が遠野で過ごしたのはわずか1日。しかも遠野の見どころといわれる場所を駆け足でめぐるという忙しない旅
でしたが、それでも、この土地に虜に。心がカサついているなと思ったら、遠野を訪れてみてください。からっ
からのスポンジに清水が染み込むような、うるおい体験ができますよ!
遠野 伝承園 →詳しくはこちら
(文・写真 川崎 久子)