【古墳プロフィール】
名 称:賤機山(しずはたやま)古墳
古墳の形:円墳
時 代:6世紀後半
整備状況:国指定史跡として整備
U R L:https://www.city.shizuoka.lg.jp/s3478/s005189.html
今回は静岡県静岡市内、駿河国総社の静岡浅間神社境内にある賤機山古墳をご紹介します。神社後方の賤機山から南東にある駿府城の一帯は、静岡平野のなかで最も標高が高く、古代より重要な場所として利用されてきました。「賤機(しずはた)」は「静岡(しずおか)」の語源ともいわれています。古墳は賎機山南端の標高50mの場所にあり、直径約32m、高さ7mの円墳です。
現在、石室の損壊防止のため、墳丘全体が防水シートで覆われる。
まるで、レインコートを着たような姿
古くから古墳の存在は知られており、江戸時代の文献には、大風により墳丘に生えていた大木が倒れ、根の下に開いた穴から石室と石棺が見つかったという、開口のいきさつが記録されています。1949(昭和24)年に、日本の稲作文化が初めて証明された登呂遺跡の周辺遺跡調査として初めて考古学的な調査が行われ、県内最大の横穴式石室と東日本では珍しい刳抜式家形石棺が確認されました。
石室扉には、出土品の「大刀円筒柄頭」に施された銀象嵌文様の鳳凰がデザインされている
石室内へは立ち入れないが、扉越しに石室や石棺を覗き見ることができる
長大な石室は、玄室の奥壁から墳丘の裾にある外護列石まで18.2mもあり、10kmほど離れた大崩海岸付近の石を積み上げてあります。両袖型で、玄室の高さが羨道の高さの約2倍あるなど、近畿地方での典型的な大型石室と似た特徴を持っています。
横穴式石室を横から見ることができるので、石積みなどの構造がよくわかる
石棺内は盗掘に遭っていましたが、石棺の周辺からは武器、武具、馬具、装飾品、土器などの豪華で豊富な副葬品が出土しました。特に金銅製の装身具や馬具など、古墳連載第14回でご紹介した奈良県の藤ノ木古墳などの近畿の王墓との共通性を指摘されています。石室および石棺の形と一帯の他の古墳では見られない貴重な副葬品から、被葬者は静岡平野の有力者であり、ヤマト政権と関係性のあった人物であることが想像されます。
模型の墳丘の土層断面には、調査結果を活かした精巧なものを、というこだわりが伺える
案内板には発掘当時の様子や多彩な副葬品が、写真入りで紹介されている
発掘調査の結果を受け、その重要性から1953(昭和28)年には国の史跡に指定されました。平成に入り再調査と保存修復工事を行い、築造当時の姿に復元整備されましたが、現在、石室内への雨水の侵入により、石室石材の劣化が進んでいます。防水シートでの応急措置が施されていますが、貴重な古墳が損壊しないよう、最新の保存科学技術が応用されることを祈っています。
★古墳日和ポイント★
考古学ファンなら、ぜひとも登呂遺跡との遺跡のはしごをぜひ! どちらもJR静岡駅を起点にバスで行くことができます。