有福温泉神楽殿の石見神楽 ©️江津市観光協会
島根県西部の石見(いわみ)地方を美味しい海の幸や、まだ知られていない魅力の発見とともに、旅をします。石見銀山エリアがある大田市、有福温泉街の江津市、石見神楽の聖地である浜田市の伝統工房や神秘的な石見畳ヶ浦まで巡った旅を、前編・後編でお伝えします。
前編はコチラ
神楽殿で迫力の「石見神楽」を目前で鑑賞!
有福温泉で夕食や温泉を楽しんだ後、温泉街にある「湯の町神楽殿」で19時半から夜公演の石見神楽が始まりました。上演団体は、倭川戸神楽社中。普段は社会人や学生の生活を送り、練習を積みながら、週末や夜の本公演に呼ばれています。石見では暮らす人々が演じるのが一般的で、小さい子どもからも憧れられる存在。それが石見神楽の舞人で、地元では戦隊ヒーロー物より人気なほどです!
石見神楽の演目は古事記や日本書紀を題材にした作品など約30数演目あり、上演する団体は130を超え、石見神楽の本場・浜田市には50以上あるといわれています。
当日の演目は、「道返し」「大蛇」の2演目。「道返し」は、石見神楽では珍しく鬼が許される演目です。「大蛇」は、代表的な演目で須佐之男命(スサノオノミコト)が登場し、毒酒で酔った大蛇を見事に成敗するヤマタノオロチ伝説を題材にしています。
衣裳は豪華絢爛、三頭の大蛇(オロチ)が会場狭しと客席までせり出て、奏楽はこれ以上ない程に次第に盛り上がり、舞もスピーディになり、大迫力! これぞ日本が生んだエンタテインメントです。
演者が面の開いた口から見ると観客からは上向いているように見えてしまうため、出演者はずっと下を向いて足元だけを見て演技しています。
17〜18mある長さの大蛇(オロチ)の蛇胴を一人で操っている
石見神楽を支える神楽面職人の技を継承する「柿田勝郎面工房」
迫真の舞を支えるのが、伝統と技を持つ、石見地方の神楽産業です。特に、石見地方の浜田市は、石州和紙を用いた石見神楽面、絢爛豪奢な神楽衣裳、大蛇の胴を表す蛇胴といった石見神楽に欠かせない、神楽産業発祥の地。まさに、神楽の聖地です。
明治時代に神職の演舞が禁じられ、地元に暮らす人々が演じるようになった神楽は、緩やかな調子から、舞台が盛り上がるスピーディな奏楽になりました。一説によると、方言から語源がくる「八調子」と呼ばれる活き活きとした速いテンポや鬼が火を吹く花火の演出も、ここ浜田で生まれました。
テンポが速く激しい動きに欠かせないのが、軽くて、丈夫な張り子技術を用いて表情豊かな表情を吹き込む石見神楽面。石州和紙を用いた、独特の伝統的な技法を現在でも継承しています。
神楽面職人の父・柿田勝郎さんから工房を受け継ぐ柿田兼志さん
粘土で面を作り、石州和紙を幾重にも重ねます。重なるうちに繊維の強靭さが出て頑丈になります。乾いたら圧着して何度も貼り重ねることにより、でこぼこがなくなり、まるで一枚紙のように滑らかな仕上がりになります。それを叩いて壊し、粘土の型から石州和紙の面だけを残します。これが、伝統的な「脱活(だっかつ)」と呼ばれる技法です。和紙を剥ぎ取らないため、この方法は顔の造型の複雑に入り組んだ面を作ることができます。
木彫りだと重い面も、和紙だと非常に軽さと程良い空間ができます。そのため、息がしやすく激しいテンポの八調子でも舞うことができます。
肌は、胡粉(ごふん)という貝類を粉にした日本古来の顔料で下地を塗ります。影を入れるように、鼻や皺(しわ)の隈取りをし、顔の陰影を出します。
石見神楽の団体は数が多いため、切磋琢磨し、趣向を凝らして工夫を重ねてきたことが発展に繋がりました。オーダーは、通常3か月ほどですが、中には半年〜1年以上かかるものもあるそう。それぞれの団体の演出プランを聞いて作るそうです。石見だけではなく、広島など全国の神楽団体や献上品、大衆演劇などの劇団から依頼されて創作をしています。
豪奢な石見神楽衣裳の発展に貢献した「細川衣裳店」
美しく迫力があり、観るものを愉しませる石見神楽衣裳。その伝統に貢献したのが、「ニクモチ」という龍や虎などの刺繍を立体的に見せる技法を考案した細川勝三さんで、さらに発展させたのが、第三回地域伝統芸能大賞も受賞した奥様の細川史子さん。店の看板は娘へと受け継がれ、現在でも若き職人たちがしっかりと伝統を守っています。それが、現在に続く「細川衣裳店」です。
金糸銀糸を刺繍した、華麗な衣裳は、地元の職人たちの手で一針一針、手縫いされています。その為、神楽の衣裳は非常に高価なものになります。鬼は、豪華な衣装で派手に舞うため、重さはなんと約30キロにもなるそう!
四国のお祭りの刺繍技術にヒントを得た技法は、衣裳に色鮮やかに刺繍された生き物が豪華絢爛で派手な印象を与え、活き活きとして迫力があります。ガラス玉の大きな目もインパクトを与えます。
「ニクモチ」の伝統刺繍技法を使った石見神楽衣裳
目は血走っているように赤みをさしている
石見神楽を支える石州和紙の伝統をいまに伝える「石州和紙会館」
近代では生活様式も変化し、後継者が少なくなる紙漉きの伝統。石見は、若い後継者が現在も伝統を守り続けている、日本の中でも珍しい紙漉きが盛んな地域です。
神楽面、大蛇の蛇胴、神楽衣装の刺繍の台紙に用いられ、石見神楽に欠かせない伝統工芸品の石州和紙。地元の楮(こうぞ)を使用した、強靭で光沢のある和紙「石州半紙」は、国の重要無形文化財とユネスコ無形文化遺産の指定を受けています。
手仕事は江戸時代から変わらず、紙漉き職人が栽培から皮剥ぎまでやります。時代が移りSDGsやリサイクルが重要視される中、それ以前から地元で育てた植物を収穫して皮を使い、捨てる所がなく上手く利用した、先人から伝わる技法を続けています。
朝4〜5時から原料の木を束にして蒸して皮を剥ぎ、干して乾燥させます。蒸している間は、お芋を蒸すような匂いがほのかにします。
皮を剥ぐときは、木の芯と表皮が剥がれやすくなるように根元を叩き、分離しやすくします。剥いだ黒皮は自然の風にあてて十分に乾燥させて貯蔵します。
黒皮乾燥
その後、半日かけて黒皮を水につけて柔らかくし、包丁で1本1本丁寧に表皮を削ります。和紙の強靭さを出すために、表皮と白皮の間のあま皮部分を残します。水洗いをし、煮た後に塵(ちり)を取り除き、樫(かし)の棒で叩き、繊維を砕きます。石州では、「六通六返し」という左右六往復し、上下六回返す技術が伝わっています。
次に、漉き船にトロロアオイを加えて、紙漉きです。基本は、3つの工程で進み、数子(かずし=すくい上げる)、調子(ちょうし=調子をとりながら和紙の層を作る)、捨水(すてみず=余分な水や紙料をふるい捨てる)をします。
紙床に移して重ねた和紙を圧搾で絞り、1枚1枚剥がして天日で乾燥させます。時が経つにつれ、コシが出て、美しい和紙が仕上がります。選別して裁断し、長い工程を経て和紙製品が仕上がります。
「石州和紙会館」の展示販売ギャラリー
石州和紙と竹で作る蛇胴が蛇の動きを再現
石州和紙は、伝統芸能の石見神楽を支えているほか、文化財修復の材料なども主な用途です。近年では、建築デザインに和紙を使いたいという要望もあるそう。伝統を受け継ぐ若い感性で、石州和紙を使った新たなアイテムが生まれています。
実際に結婚式で着用された石州和紙のウェディングドレス
石州和紙会館 https://www.sekishu-washikaikan.com
長浜人形の技を用いた「島根の招き猫工房」
浜田市の伝統工芸、長浜人形は400年以上もの歴史を持ちます。石見地方の粘土を用いて、「島根の招き猫工房」では縁起物の可愛い招き猫の土人形を作っています。石見神楽面は、島根県指定伝統工芸品である長浜人形作りの技法を応用しています。
人形を焼いた状態は、テラコッタ色の仕上がりになります。日本画で使われるゼラチン成分の膠(にかわ)を胡粉(ごふん)、泥絵の具(どろえのぐ)といった色の粉と混ぜて絵の具を作り、日本画の筆で彩色します。
多幸にかけてタコを被っているキュートな招き猫は製作中のもの。完成したフルーツ招き猫や干支の縁起物は、可愛くて人気です。土人形作家がデザインをし、昔ながらの自然素材を用いて、古い長浜人形と同じ伝統的な技法で作っている招き猫は本格的な仕上がりです。
石見地方の海辺の浜田市、自慢の海の幸
港町の浜田
青い海が広がる浜田市。日本海に面し、漁業が盛んで、のどぐろなどの魚が水揚げされています。市内の「村田漁村」では、先代より代々の味わいを受け継いだ、こだわりの手さばきで浜田産の穴子蒲焼や白焼きを加工して出荷しています。
2021年にオープンした「はまだお魚市場」では、魚屋がずらっと並んだ仲買棟では浜田漁港で水揚げされたばかりの鮮魚を買うことができ、商業棟のショップでは地元の特産品を揃えます。浜田名物といえば、「赤天」。ピリ辛の魚の練り物は、地元のソウルフードで、お土産としても人気です。2階のフードコートでは、港の旬の魚を味わえます。
はまだお魚市場 仲買棟
1階にある「BEER STAND HONAMI」は、地元の三島ファームによるユニークな農家の醸造所「FARMER'S BREWERY HONAMI 穂波」のビアスタンド。作りたてのクラフトビール、どぶろく、自家製のジュースが飲めるほか、いま話題を呼んでいる「鯖ドッグ」が味わえます! はみ出すほどの鯖が主役でありながら、三島ファームの野菜が沢山入っているため、ヘルシーな味わいで、見た目より軽く食べられます。
話題の鯖ドッグ
はまだお魚市場 https://hamadaosakana.com/
天然記念物の石見畳ヶ浦
国の天然記念物に指定されている石見畳ヶ浦(いわみたたみがうら)は、1600万年前の地層を目の当たりにする、地球の不思議を感じられる景勝地です。入り口の洞窟を抜けると、壮大で神秘的な光景が現れます。かつて海底だった海岸にある化石、自然の波の侵食でできた岩、見渡すほど広がる亀裂の入った棚のような岩場は畳を敷き詰めているように見えるので、千畳敷の別名もあります。石見畳ヶ浦は、太古のロマンを感じさせてくれます。
石見畳ヶ浦から眺める夕日
前後編を通して大田・石見銀山、江津・有福温泉、浜田・神楽の聖地から石見畳ヶ浦まで巡った、島根の旅。美味しいものを食べて、本場の石見神楽を観て、伝統文化の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょう。ご縁の地で知られる島根が、本年に良い旅の縁をもたらすかもしれません!
取材・文/マドモアゼル安原