19世紀後半から20世紀初頭の西洋の美術品を見られる様々な展覧会へ足を運ぶと、その度に日本美術の影響を強く感じます。陶磁器やガラス製品においては特に。
当時、日本の美術が西洋にどう受け入れられたのか、それに迫る展覧会『ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ』がパナソニック汐留美術館で10月9日に開幕しました。
(※すべての写真はプレス内覧会にて撮影)
1872年に創設されたハンガリーにあるブダペスト国立工芸美術館。設立以来、古今東西の工芸品を収集し、ウィーン万博(1873)、パリ万博(1889)で購入した作品やヘレンド製陶所やジョルナイ陶磁器製造所の寄贈品などを収蔵・展示する工芸美術館です。現在、大規模改修が進められているため、今回展ではまとめて見られる機会を得られました。
19世紀当時、日本のは「ジャポニスム」、中国は「シノワズリ」と呼ばれ、日本や中国の工芸品は西洋にとって憧れの的でした。(時代は遡りますが、フランス国王ルイ16世の王妃、あのマリー・アントワネットも収集していました)。1854年の開国以降、日本は欧米との貿易が活発になり、欧米人の求めに応じて多くの美術品や工芸品が輸出されました。欧米の工芸家やデザイナー、画家も日本美術を目にすることが増え、ジャポニスムが当時の流行のスタイルとなりました。歪みや釉薬の焦げ、ひびさえも作品として取り入れる日本の“侘び寂び”に衝撃を受けたのかもしれません。
会場風景より。まるで日本の焼物と見まごうばかり
フランスの美術評論家であるエルネスト・シェノーは1867年のパリ万博の翌年に「日本の芸術家たちは 異論なく われわれの師匠である」と述べたそうです。
今回展の導入部である第1章「自然への回帰―歴史主義からジャポニスムへ」では、日本的な装飾や大胆な構図、モチーフ、色彩感覚など、日本の工芸をそのまま表面的に模倣したような作品が展示されています。「これはどこから見ても日本の作品」と思っても、作品名を見るともちろんヨーロッパのもの。まるで明治期に人気を博した陶芸家・宮川香山や明治・大正期の日本を代表する七宝工芸家・並河靖之や濤川惣助、さらには戦国武将・織田信長が愛した肩衝茶入そっくりの形のものもあり、驚きます。
会場風景より。 手前《花器》デザイン・制作:アンドレアス・シュナイダー 1897年頃
《芥子花文花器》デザイン・制作:ニルス・エミール・ルンドシュトロム
ロールストランド磁器製造所 1896-1898年 など。
特に《芥子花文花器》は宮川香山晩年の釉下彩を思わせます
会場風景より。《庭の花文デザート皿》ロイヤル・コペンハーゲン磁器製造所 1906年頃
そしてジャポニスムは絵画やグラフィック、工芸などの分野にも次々に派生し、いつしかアール・ヌーヴォーへと広がりを見せていきます(アール・ヌーヴォー/花、草、ツタ、昆虫などの有機物をモチーフに、曲線や曲面を用いた装飾的な表現・様式のこと)。今回展でもアール・ヌーヴォーを代表するフランスの工芸家のひとりであるエミール・ガレのみずみずしい草花や生き物をモチーフにした花器やテーブルウェアが展示されています。
会場風景より。左《クレマチス文銀製台付花器》エミール・ガレ 1900年頃
右《瓜形クレマチス文瓶》エミール・ガレ 1899年
今回私が一番惹かれたのは、陶器の表を金属的な光沢で輝かせる上絵付「ラスター彩」と「エオシン彩」です。日本の蒔絵(まきえ/文様を漆で描き、その上に金、銀などの粉を蒔きつけて固めた技法)は神秘的な美しさを持つものとして、ヨーロッパの人々の心をつかみました。蒔絵と同様の効果を求めて彼らは試行錯誤し、金色に輝く彩料で絵付けを施す作品を生み出します。
やがて見る角度によって光沢の輝きが変わる玉虫色のガラス作品は、アメリカのティファニーによって華やかさと煌めきを備えた芸術作品として完成されます。
会場風景より。《植物文栓付香水瓶(化粧セットの一部)》
ルイス・カンフォート・ティファニー 1913年頃
特に、ティファニーによる《孔雀文花器》は、ガラスに孔雀の羽の文様を施した優美な花器。会場では、超挟角の照明と背後の壁に反射させた2つの照明が当てられ、ひときわ美しく輝いています。ガラスの透け感と文様の美しさを鑑賞者が感じられるようにと照明にこだわり抜いているそうです。正面、横からだけでなく、下からも見上げるように鑑賞して、青紫、緑、青と幾重にも輝く色味と繊細な文様を堪能してください。
会場風景より。《孔雀文花器》ルイス・カンフォート・ティファニー 1898年以前
今回展では、第1章から第6章にかけて、日本の美術を西洋がどのように解釈したか、日本の美術や工芸がどのようにして西洋に影響を与え、欧米にどう受け入れられていったかを、約170件(約200点)の作品で辿れるようになっています。当初は表面的な模倣だったものが、次第に技術や芸術性を自分のものとし、いつしか欧米独自の芸術として昇華されていく様子がありありとわかります。
この輝きは会場で目にしてこそ。目の保養になる、美しくエレガントな作品たちを見に、ぜひ足を運んでみてください。
ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ
会期:開催中〜2021年12月19日(日)
開館時間:10:00~18:00 ※11/5と12/3は20:00まで ※入館は閉館の30分前まで
休館日:水曜日 ※11月3日は開館
観覧料金:日時指定予約制 一般1,000円/65歳以上900円/大学生700円/中高生500円/小学生以下無料
https://panasonic.co.jp/ew/museum/
◆2022年1月15日(土)~3月21日(月・祝)まで「未来へつなぐ陶芸-伝統工芸のチカラ」展を開催予定