ひとり旅にアート心も入れて by 塩見有紀子

第19回 美術の楽しみ方 Part2 ~作品名に注目してみると?

ここ数年、美術館・博物館で日本語による作品名や作品解説に加えて、英語、中国語、韓国語で表記されることが多くなっています。私は中国語、韓国語はまったくわからないのですが、時々英語の解説に目を止めることがあります。日本語のタイトル自体が難解な場合や英語でシンプルに説明されている方がわかりやすいことがあったりするからです。

日本語のタイトルは「シストルム」。日本語だとこの正体は見当つきませんが、
英語を見ると「percussion instrument」とサブタイトルが入っており、楽器だとわかります。
上野の東京国立博物館で開催中の『ポンペイ展』より

そしてまた、「この日本語は英語でどう表記するのだろう?」と、タイトルを日本語と英語で見比べるのも、私の美術館での楽しみです。

例えば、「聖母子像」。ルネサンスを代表する画家であるレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロのほか、《ヴィーナスの誕生》で知られるボッティチェリも描いたテーマです。人物を描く上で表わされる持ち物(アトリビュート)や約束事である赤い衣に青いマントが描かれる聖母マリアが、慈愛に満ちたまなざしで幼いイエス・キリストを見つめます。

MET 《Madonna and Child》(1508)Titian (Tiziano Vecellio)
メトロポリタン美術館蔵 
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

英語では、「Madonna and Child」や「Virgin and Child」とタイトルが付けられます。直訳すると、「マドンナと子ども」「ヴァージンと子ども」。でも、日本語では《聖母子》というタイトルになります。どなたが最初に名付けたのかは不明ですが、これを聖母子と美しい言葉に訳した方を尊敬してしまいます。

以前ご紹介したオーストリア・ウィーンを代表する画家グスタフ・クリムト(1862-1918)が描いた《接吻》。正方形のキャンバスに描かれるのは、抱き合う男女。愛あふれる画面ですが、2人がいるのは崖の上という不安定な場所。幸福のさなかにいるようにも見えますが、見る者に不安をも抱かせます。

『接吻』イメージ(写真:Pixabay)

原題のドイツ語では《Der Kuss》、英語では《The Kiss》。これを「ザ・キス」でもなく、「口づけ」でもなく、この名画の日本語のタイトルは《接吻》。三省堂の国語辞典によると、「接吻=(愛情をあらわすために)相手のからだに自分のくちびるを付けること。キス。」と書かれています。意味する内容は同じかもしれませんが、作品から受けるイメージがキスと接吻では異なってきませんか?

最後にもうひとつ。「Still Life」と英語タイトルがついている絵画を日本語では何というかご存じでしょうか。三省堂の英和辞典によると、「still=静止した、穏やかな、静寂、沈黙」「life=命、生命、生き方、生活」などが載っています。直訳すると、静止した命や、穏やかな生活などでしょうか。

実は「Still Life」は日本語では静物、静物画のことを指します。

MET 《Still Life with Apples and a Pot of Primroses》(1890)Paul Cézanne
メトロポリタン美術館蔵 
ポール・セザンヌ

繰り返し静物画を描いたフランスの画家セザンヌ(1839-1906)。生涯に200点以上静物画を描いたともいわれています。

MET 《Still Life of Wine Kettle and Cup on Stand》(1795)Kubo Shunman
メトロポリタン美術館蔵 窪俊満(江戸時代)

こちらの日本の版画もメトロポリタン美術館では「Still Life」と名付けられています。“Wine Kettle and Cup on Stand”はワイン?カップ?と英語だとピンときませんが、賛に“元旦のお屠蘇”とありますし「銚子と盃台に乗せられた盃のある静物」となるかもしれませんね。

日本語、英語、他の言語とそれぞれの言語によってタイトルの印象が変わるのが面白いと思いませんか? 日本語での作品や解説文だけでなく、こんなところに注目してみるのも別の視点でアートを見られると思います。他にもこれは面白いと思っているタイトルがあるので、またいつかご紹介予定です。

美術の楽しみ方Part1はこちら

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