東京2020パラリンピックをご覧になっていましたか? 20代の選手中心の五輪と異なり、パラリンピアンの年齢層が広いことも注目されました。50歳で金メダリストとなった自転車ロードの杉浦佳子選手をはじめ、並大抵の努力以上のことを続けるからこそ、成し遂げられることがあるのだなと思いながら、テレビ観戦していました。
そしてそれは美術の世界でも同じかもしれません。
グランマ・モーゼスの愛称を持つアメリカの国民的画家であるアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860~1961)は76歳で本格的に絵を描き始め、ニューヨークでの初個展はなんと80歳の時! 農家の娘として生まれた彼女は、農婦として働く合間に趣味として家の装飾や生活用品、日常風景の絵を描いたり、刺繍作品などを制作していました。60代で農家を引退した後、地元のイベントに絵を展示していたところ、作品が偶然コレクターの目に留まりました。無名画家展に出品されたことをきっかけに、一躍アメリカ国内で広く知られる画家となったのです。
彼女が描く対象は自分のすぐ隣りにあった日常の風景や田園生活など素朴な暮らし。やさしい筆致で表現されたほのぼのとした風景が古き良き時代を懐かしむ人々の共感を得たのかもしれません。
グランマ・モーゼス / Grandma MOSES『農作業』 / PLOWING 1957年 板・油彩 29.0×40.0cm
(画像提供:ハーモ美術館 ※画像の転載・コピー禁止)
もうひとりご紹介したいのが、税関吏ルソーとして知られるフランスの画家アンリ・ルソー(1844~1910)です。税関職員(実際は門番のようなものだったとか)として働きながら、仕事の合間に絵を描き続けました。41歳でサロンに初出品(落選)し、49歳で税関を辞めて本格的に創作活動をスタートしました。グランマ・モーゼスと同じく、正規の美術教育を受けていなかったため、縮尺も遠近法も立体感も人間の顔や足の描き方も我流・独創的でした。そのため、当初は批評家たちの嘲笑の的。でも彼はそんな評判も意に介さず、独自の感性で描き続けました。
いつしか彼の作品はあのピカソの目に止まり、ピカソのアトリエがあったアパート「洗濯船」でルソーを称えるイベント『ルソーの宴』が開催されるほどに。生前、作品がどしどし売れたということはありませんでしたが、日曜画家のひとりだったのが、今では同時代の素朴派を代表する画家となったのです。
アンリ・ルソー / Henri ROUSSEAU『ラ・カルマニョール』 / LA CARMAGNOLE
1893年 カンヴァス・油彩 20.5×75.0cm
(画像提供:ハーモ美術館 ※画像の転載・コピー禁止)
そして彼女・彼の作品を見られるのが信州諏訪湖畔にあるハーモ美術館です。秋の紅葉や春の桜も美しく、天気がよければ真正面に富士山を見られる絶好のロケーションに位置します。コレクションは、世界でも約300点、日本にはわずか30数点しかないというアンリ・ルソーの貴重な作品を9点、グランマ・モーゼスは刺繍作品を含む7点を所蔵します。
諏訪湖畔に佇む美術館(画像提供:ハーモ美術館 ※画像の転載・コピー禁止)
2つの半円が交差したような建物もとっても個性的。2階の展示室の一角には、まるで絵画のように諏訪湖を一望できる「ウィンドウピクチャ」があったり、屋外の渡り廊下の先にはアトリエをイメージした別館、版画作品を展示する吹き抜けの展示ホールもあります。
館内にあるウィンドウピクチャから諏訪湖を眺められる
展示ホール「ティーセントホール」(画像提供:ハーモ美術館 ※画像の転載・コピー禁止)
ぜひ立ち寄りたいのが館内のティールームです。諏訪湖を眺めながら、タイのアユタヤ王朝17世紀頃から始まったとされるベンジャロン焼きの優美なカップ&ソーサ―で珈琲や紅茶をぜひ。
華やかなベンジャロン焼きはミュージアムショップでも購入可
グランマ・モーゼスも、アンリ・ルソーも、好きなものだから何歳から始めてもいい、ともかく描きたい!という思いが画面にあふれています。エネルギーが衰えることなく、若さだけでは描けないような作品を自分の好きなように自由に重ねていきました。素朴な中にあふれんばかりの情熱を感じる作品を見ると、こちらも元気が湧いてくる気がします。
ハーモ美術館 http://www.harmo-museum.jp/
ハーモ美術館では、以前ご紹介した、奇才サルバドール・ダリの作品も見られます