私が絵を見る時、絵そのもの以外にも気になってよく見るポイントが2つあります。ひとつは額縁。この額縁がステキ!と思ったり、額縁とこの絵はなんだか合ってないぞと思ったりすることもあります。そして気になるもうひとつが画家のサインです。
私の好きな画家のひとりであるオーストリア・ウィーンを代表する画家グスタフ・クリムト(1862~1918)。金をふんだんにちりばめた華やかな装飾性と官能性のある《接吻》や《ダナエ》などの作品が日本でもよく知られています。
『接吻』イメージ(写真:Pixabay)
クリムトは、少~し小太りの頭髪がちょっと薄くて決してわかりやすいイケメンではないのですが、多くの女性と関係があり、婚外子が少なく見積もっても14人(!)はいたとも。まわりにいた女性にとっては、たまらない魅力がある男性だったのでしょうね。ただ、絵のモデルに何度もなったエミーリエ・フレーゲという、恋人のようなそうでなかったような関係の永遠の憧れの存在の女性もいました。
MET 《Serena Pulitzer Lederer》 (1867–1943) Gustav Klimt 1899
メトロポリタン美術館蔵
女性の一生を幼年期、青年期、老年期にあらわした《女の三世代》
そんなクリムトのサインがこちら。苗字と名前で文字数は異なるのに、2行とも等幅間隔に収められ、ちまっとしています。《女の三世代》のような、死をも内包する人の生を深くえぐるように描く画家にしては、ちょっとかわいいですよね。好きなサインのひとつです。
クリムトのかわいらしいサイン
数メートルにも及ぶ作品の巨大さも相まって、あまりにも強烈な作品なので好き嫌いはありますが、フランスの画家ベルナール・ビュフェ(1928~1999)も特徴的なサインを描く画家です。
《Sketch for The Passion》 Bernard Buffet 1954
© 2018 Artists Rights Society (ARS), New York / ADAGP, Paris the Art Institute of Chicago
シカゴ美術館蔵
それがこちら。一度見たら忘れられないサインです。
ベルナール・ビュフェの刺々しく激しいサイン
彼が描く作品も鋭く太い針金のような輪郭線や黒い直線が特徴で、見る者の心に不安を抱かせます。母親を子どもの頃に病で亡くし、11歳の時に第二次世界大戦が始まり、その頃の喪失感をビュフェはずっと持ち続けていたのかもしれません。強烈な作品の一方で、仕事面では早々に大成功をおさめます。20歳の時にはフランスで批評家賞を受賞して脚光を浴び、40代でフランスの最高勲章とされるレジオン・ドヌール勲章を受賞し、東京ドーム12個分の広さの邸宅を得て、愛妻とも添い遂げます。しかし、創作に悩み続け孤独は癒されず、晩年にパーキンソン病となり、71歳で自死。なんという人生なのでしょう・・・。彼の生涯を知ると、破壊力のある作品とともに、この鋭い描線のサインが胸にざわざわと響きます。
なんの特徴もないサインをする画家も多く、時代によってサインを変えていく画家もいるので、画家が何を考えてサインをしているかは、画家にしか知る由はありません。でも、何かの思いを込めたサインだと想像するのは楽しいものです。絵を見に行く時、そんなところにも注目してみてはいかがでしょう。
ほかにも好きなサインがあるので、またいずれご紹介したいと思います。