群馬県南東部にある桐生は奈良時代から絹織物の産地として知られ、江戸時代には「西の西陣、東の桐生」と称されます。明治になると絹織物は横浜港から海外へ輸出され、外貨獲得に大いに貢献しました。それまでの手織りから力(りき)織機へ、家内工業からマニュファクチャへと、全盛期を迎えます。戦災を免れた桐生の街には織物産業に関わる近代化遺産が多く残り、平成4年には「近代化遺産拠点都市」宣言により保存・活用がされています。
桐生には東武線やJR両毛線などが乗り入れていますが、散策に便利なのはJR桐生駅。ここでレンタサイクル(無料)を借りて回るのがおすすめです。
桐生織物記念館
まず、桐生の織物産業についてちょこっとお勉強しましょう。昭和9年建造の「桐生織物記念館」へ。桐生織物同業組合の事務所として造られた、当時流行したスクラッチタイルのモダンな建物です。1階は桐生織の小物やショール、バッグなどの物販、2階に資料展示室があります。鎌倉時代の新田義貞の軍旗も桐生織だったそうで、関ケ原の合戦の際には徳川家へ旗絹を献上して以来、幕府に保護されることとなりました。
館内の展示物
明治に入ると様々な機械や技術が導入され、のこぎり屋根の工場が建築されるようになります。これは、力織機をモーター動力で動かすために天井を高くし広い空間が必要で、なおかつ、北側の屋根に採光用の窓を付けたものです。南側の傾斜がゆるく、北側が急傾斜というのこぎり刃のような形の屋根です。織物の仕上がりを見るには、北側の柔らかい光が最適だったそうです。明治40年(1907)に渡良瀬水力電気株式会社発電所が竣工すると、のこぎり屋根工場は一気に増え、昭和前期にピークとなります。
織物参考館 紫
「織物参考館 紫(ゆかり)」は、明治10年(1877)創業の森秀織物の、昭和50年代まで稼働していたのこぎり屋根の工場を資料館としたものです。八丁撚糸機やジャンボ高機など貴重な機械や資料が展示、機織り体験もできます。そして、のこぎり屋根がよくわかるのも、Good! ぜひ訪ねてみてください。
左:屋根の北側に窓が付いている、右:館内
のこぎり屋根の工場は他にも。現在は「ベーカリーカフェ・レンガ」として営業している建物は、大正8年(1919)建造の金谷レース工業のイギリス積みの煉瓦の工場です。また、大谷石積みの「旧曽我織物工場」などが残っています。
左:ベーカリーカフェ・レンガ、右:旧曽我織物工場 (写真提供:桐生市観光物産協会)
後編では織物産業に付随する様々な近代化遺産をご紹介します。