地元のカメラマンが「ここ、車でよく通りますが、こんなところにこんなお洒落なカフェがあったんですか」と、驚いたのも納得の、知らなければ気付かないちょっと地味な場所。東大寺戒壇院の裏手にあるその名も「工場跡事務室」は、大正末期から昭和50年代半ばまで製造されていた乳酸菌飲料「フトルミン」の工場跡の建物を、できるだけそのままにリノベーションしています。敷地内に入ったとたん、「ちむどんどん!」です。私の大好きな近代化産業遺産のにおいがプンプン!
日本人がまだ栄養が十分でなかった時代に、長壽會(ちょうじゅかい)細菌研究所(後の奈良食品工学研究所)を、現オーナーの喜多和夫さんの曽祖父が立ち上げます。乳酸菌やイースト菌などの研究を行ない、健康長寿を願い、栄養失調や結核で苦しむ人々が太って健康になるようにと名付けられた「フトルミン」はヤクルトのようなものかと思いきや、もっと酸味の強いものだったそうです。いやぁ、時代を感じるネーミングですね。
建物は、大正14年(1925)、奈良の宮大工・大木吉太郎の手によるものです。関東大震災後の社寺の修復などに尽力した人物です。コの字型に配置された4棟の木造の建物は、下見板張りの外壁や切妻屋根、妻壁部分は白漆喰などの特徴があります。昔の木造校舎を思わせる造りです。周囲の景観を損ねることなく、しっとりと馴染んでいるその佇まいにうっとり。建物群は国の登録有形文化財になっています。
カフェは畳敷きの元事務室をそのまま活かした席や、かつての荷造室のレトロ感をそのままにした椅子席があります。大和の和紅茶やクラフトビール、手作りスイーツ、軽食などもあり、時折窓の外を歩く鹿を眺めながら、まったりとした時間が過ごせます。この空気感、ぜひ味わっていただきたい限り。
元倉庫や研究室では不定期で様々なイベント・個展などが開催されますのでぜひ、カフェ(営業は金曜~日曜・祝日のみ)とともに立ち寄ってみてください。そして、土曜・日曜・祝日の8時から、蒸気ボイラーや水性ガスエンジンなど工場の操業当時の設備が残る通常非公開の建物内の工場見学と朝食のセットがあります(要予約)。より深く、この工場の歴史に触れることができますよ。
工場跡事務室 https://www.kojoato.jp/