明治2年(1869)、国の法令に先駆けて、京都には学区制の小学校64校が開校しました。日本の近代化に重要なのは人材教育。そのため学校の建設費や運営資金はその住民にゆだねられ、自治組織である「番組」ごとに開校したため番組小学校と呼ばれました。「下京三番組小学校」が開校し、のちに「明倫小学校」と改称されました。
現在地は京都四条烏丸の北にあり、昭和6年(1931)、当時としては最先端の鉄骨建築として大改修。赤みがかったクリーム色の外壁やスペイン風のオレンジ色の屋根瓦、丸窓やステンドグラスなど洒落た雰囲気があります。平成5年(1993)に閉校したのち、その趣をそのまま活かし、平成12年(2000)に京都芸術センターとしてオープン。芸術活動の拠点として様々な事業や取り組みが行なわれています。
特徴的な門柱のある入り口を抜けると、そこはすでに学校の雰囲気。左手に事務室などがある西館があり、中庭にはお約束の二宮金次郎像も。南館に進むと前田珈琲明倫店や、芸術・文化に関する書籍を収める図書室もあります。反対の北館には製作室やギャラリー、さらに2階、3階にも教室としてあったスペースで多種多様なアーティストがそれぞれ自身の製作を積むことができるようになっています。
3月には明倫ワークショップと称してダンスや演劇などのイベントも行なわれていました。
なにより、誰もが自由に足を運ぶことができ、自由に元小学校のおおらかな雰囲気を楽しめるということが、私は一番気に入りました(もちろん製作室の立ち入りは関係者以外できません)。廊下を歩けば、子供たちが駆ける足音やざわめき、チャイムの音などが聞こえてきそうで、郷愁たっぷり。写真映えスポットも多いので、意味もなく歩いているだけで楽しいのです。
地域に溶け込み、集い憩う場として役割を果たす、芸術を身近にし、暮らしを豊かにしてくれる我が町の近代化遺産なのです。