美術館が多く集まる箱根仙石原にあるポーラ美術館。周囲に広がる箱根の大自然と共生する自然の樹木に包まれた森の中にたたずむ美術館です。2002年に開館し、そのコレクションにはポーラ創業家2代目の鈴木常司氏が40数年に渡って集めた約1万点が収蔵されています。
私も何度かプライベートで訪れていますが、この美術館のことが好きな点のひとつが周囲の環境と建物の美しさです。建物のほとんどは地盤より下にあり、地上部分の高さはわずか8m。木々の間に隠れるように建物が配置されているので、森の景色に自然と溶け込んでいます。建物の大半が地中にあるとはいえ、エントランスやエスカレーターホール、チケット売り場、ロビーなど天井や壁面にもガラスが多用されているので、暗い印象はまったくなく、逆に明るさを感じるほど。作品保護のため、地下にある展示室には自然光を入れることはできませんが、それ以外のスペースはできるだけ光が入るようになっていて、美術館全体にやわらかな印象を与えてくれます。
新緑の季節には窓ガラス一面に緑が広がる。エスカレーターを下った特等席にはカフェが
また、美術館の周辺には全長670mの森の遊歩道「風の遊ぶ遊歩道」が整備されています。ブナやヒメシャラの群生、野鳥や時折顔を出す小動物を観察しながら約20分の散歩を楽しめます。散歩道のところどころには彫刻作品が点在しているのも美術館ならでは。2019年3月には現代美術館アイ・ウェイウェイ(艾未未/Ai Weiwei)の野外彫刻作品《鉄樹根(てつじゅこん)》が新たに加わりました。2mを超える大きなアート作品を森の中で見る。展示室とはまったく異なる新たな魅力を発見できそうです。新緑が芽吹き始める5月から秋が森の遊歩道のベストシーズンです。
森の遊歩道「風の遊ぶ遊歩道」
印象派コレクションの名品73点が集う
3月23日から開催されている企画展が「ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画 印象派、記憶への旅」展(~7月28日)です。西洋絵画、日本の洋画、東洋陶磁、ガラス工芸、化粧道具など幅広いコレクションを有するポーラ美術館ですが、特にフランスの印象派絵画の収蔵館としても高い評価を受けています。また、広島銀行の100周年記念として1978年に開館したひろしま美術館(広島県・広島市)も、国内の印象派コレクションを代表する美術館として知られ、量、質ともに充実した両美術館は印象派の“双子のコレクション”とも称されるほどです。
青や紫、赤など壁面の色遣いも美しい
企画展初日に行われたプレスツアーでひろしま美術館の副館長は、「2002年のポーラ美術館開館時に“いつかコラボ企画展をやりましょう”とお話をしていました。そして、今から3年ほど前に今回の企画展の実現に向けて実際に動き出し、それが本日結実しました」と感慨深そうに話されていました。
フランス印象派の風景を中心に、ドラクロワやコロー、ピカソ、ゴッホ、ルノワール、マティスなどの73点を、19世紀の画家たちによる“旅と記憶、都市や水辺の風景に向けるそれぞれの画家たちの視線、そして風景の移ろいによる光の変化や色彩”に着目した企画展となっています。
ピエール・オーギュスト・ルノワール《パリスの審判》ひろしま美術館
二大印象派コレクションならでは!と思わずうなってしまうのが、同一の画家による同時期の作品や同じテーマ、異なる画家による同じテーマの作品が多く展示されていること。これらを比較することで画家たちの制作過程や技法の痕跡、画業の展開を探ることができたそうです。
異なる画家が描いたセーヌ河の左岸と右岸を結ぶ橋ポン=ヌフ
ポン=ヌフは、パリで最も美しい景色のひとつとして、多くの画家が愛した場所だそう
私自身今回の企画展で驚き震えたのは、ピカソの青の時代の作品《海辺の母子像》(ポーラ美術館)と、《酒場の二人の女》(ひろしま美術館)が2点並んでいたこと。これらは国内にある数少ない2点で、昨年フランス・パリで開催された大規模イベント「ジャポニスム2018」にて、オルセー美術館のピカソ「青と薔薇色」展へ貸し出された際、青の時代コーナーで一番いい場所に展示されていたそう。
ピカソは通常撮影がNGですので、青の時代の2作品が並ぶ、国内でも貴重な機会を絶対に逃さないように。ご自分の目でたしかめに行ってくださいね!
また、ジョルジュ・スーラの貴重な作品も展示されています。スーラの油彩画で一般に公開されているのは国内でわずかこの2点だとか。点描技法を生み出したスーラですが、色のトーンを何度も何度も確認しながら作り上げていったことがわかる習作も同時に展示されています。作品を間近で見ると、原色を混ぜず、異なる筆致を組み合わせてこのような奥行きのある作品を描いていったことがよくわかります。
すぐ近くにはカミーユ・ピサロによる貴重な点描画も展示されています。「ピサロが点描画!?」と驚きましたが、ピサロにとっては点描画は制作に時間がかかり自分のスタイルにも合わなかったのか、数年でやめてしまったそうです。点描画の第一人者スーラと、印象派の父ともいわれるピサロの点描画を一緒に見られるのもとても興味深いですよ。
スーラの作品は、遠くからと、近くに寄って見るのがおすすめ
ひろしま美術館副館長一番のお気に入りが、現在はそれほど知名度はありませんが大正時代に日本で大人気だったというアンリ・ウジェーヌ・ル・シダネルとのこと。「彼の作品にはあまり人物は出てきませんが、あたたかみを感じる、愛情を感じられる絵なのです」。無人なのに、テラスや庭園に人の気配を感じさせる静謐な作品が3点展示されています。また、シダネルは、彼が魅了されたジェルブロワという小さな町に広大な土地を入手してバラのブリーダーとして有名になったそう。バラで町おこしがされ、町ではシダネルが創始したバラ祭が現在も続いており、作品に描かれたような風景が今も残っているとか。
アンリ・ウジェーヌ・ル・シダネルの作品が並ぶ
ゴッホを科学的な観点で見る!?
地下2階には科学調査や文献調査など最新の調査に基づいたゴッホやマティスの作品が展示されています。自ら耳を切ったり、ピストル自殺をはかったりと、その作品とともに“炎の画家”とも言われるゴッホ。ゴッホの作品は、彼の激情が込められたような筆致が特徴のひとつです。これは残念ながらハガキや図録ではわかりにくく、実際に目で作品を見ることでしか、己と葛藤しながら描き続けたゴッホを理解する一歩には近づけません。今回の企画展ではゴッホが愛する弟テオに宛てて書いた手紙の調査や、《草むら》(ポーラ美術館)のカンヴァスの裏面の書き込みや来歴についての調査結果についても展示されています。作品を360度見られるように展示されているので、貴重なカンヴァスの裏を見てみてくださいね。
ほかにも、ルノワールやモネをはじめとする印象派のほか、セザンヌやロートレック、ゴーガン、最近人気急上昇中のピエール・ボナールなど、東西を代表する二大印象派コレクションが一堂に会する企画展です。東京からでも日帰りが余裕で可能な箱根仙石原にぜひ足を運んでくださいね。また、ピカソやモーリス・ド・ヴラマンク、地下2階のゴッホやマティス、常設展示のレオナール・フジタ(藤田嗣治)やジョルジュ・ブラックなど一部の作品以外は、企画展も常設展もほとんど撮影が可能なのもうれしい点かもしれませんね。
昨年東京で開催された美術展が大好評だったピエール・ボナール
そして、8月10日(土)からは、ひろしま美術館にて本企画展が開催されます。ポーラ美術館には出ない作品も展示されるそうなので、こちらも楽しみにしたいと思います。
ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画 印象派、記憶への旅
ポーラ美術館 2019年3月23日(土)~7月28日(日)
ひろしま美術館 2019年8月10日(土)~10月27日(日)
また、ニューヨークを拠点に活動するアーティスト・大山エンリコイサムの「Kairosphere」展も同時開催中です(~7月28日)。
プレスツアーにて、自身の作品を解説する大山エンリコイサム氏 ©Enrico Isamu Òyama
ちなみに、ポーラ美術館のレストラン アレイは、本の制作にかかわった『カフェのある美術館 素敵な時間を楽しむ(世界文化社刊)』で紹介しています。光あふれる心地よい空間なので、こちらでの食事もお楽しみくださいね。新作も登場したミュージアムショップのチェックもお忘れなく!
展覧会限定コースメニュー「プロヴァンス美食紀行」のメインディッシュ
展覧会図録と、今回展示されているゴッホ《草むら》をイメージしたクロッカンをお土産に
取材・執筆:塩見有紀子