西伊豆松崎市街から南へ約5㎞。きらめく海と夕陽が美しい石部集落には、知る人ぞ知る良質の温泉が湧いています。陸の孤島だったこの集落にバス道路が通り、温泉が湧いたのは昭和40年代。以来、多くの民宿が営まれるようになりました。
石部棚田から眺めた温泉街と西伊豆の海
今回紹介する民宿「浩美屋」もそうした宿の一軒です。浩美屋に泊まってまず気がついたのが、館内に飾られている野花の愛らしさ。つい先ほどお散歩していた時に出会った花々が、お化粧直しをして活けられています。
「お花は普段、買うことはないんです。自分の家の畑や敷地に咲いている野花を活けています。野の花は水あげが難しいのですが、花を手折るのならば、ちゃんと活けてあげないと、と思っています」と女将の髙橋美佐さん。髙橋さんは松崎市街のご出身。子どもの頃から近所のお寺でお花を習ってきたのだそうです。小さなものへの思いやりの心に触れ、気持ちもあたたかくなりました。
石部さんぽで出会った野菊、ツリガネニンジン、アザミなど。
浩美屋ではこれらの野花がセンスよく飾られています
食事は客室でいただきます。夕食はたっぷりのお刺身にオクラの胡麻和え、魚と野菜のホイル包み焼き、天ぷらなどなど。野菜やお米は自家栽培し、 魚介は石部集落のサカナ網でとれたもの。何が揚がってくるかはその日次第です。朝食に出てくる名物のヒジキも、春の数日間だけ集落の人たちで収穫、6時間ほど茹でて天日干しし、1年間分をまかないます。伊勢エビの付くプランならば、朝食に伊勢エビ殻のお味噌汁が出てきます。このお味噌も自家製。食材はほぼ石部産で自給自足。なので、お肉は出てきません。
メジナ、ウルメイワシなどのお刺身。これで一人前です。
サカナ網は満月前後などには禁漁に。資源保護のためのキマリが守られています
椎茸を天日干し、味噌作りのための下ごしらえ、エビ網の手入れ。
集落のあちらこちらで出会った暮らしの風景
お肉が出ないのは「せっかく海の町に来てくださったから地元の幸でもてなしたい」という女将さんの心遣い。この気持ちが、実は環境にもやさしい食へと繋がっています。浩美屋の料理は輸送のための環境負荷がほとんどかかっていません。さらに畜産肉を食べないことで、温室効果ガスの増加や、飼料栽培のための森林伐採に加担せずにすみます。けれどもお肉はおいしいし…、と考えている人でも食べる量を減らすことはできるかも。浩美屋の夕朝食は、「1日ぐらいはお肉がなくても大丈夫!」と思えるきっかけの料理となり得るのです。
つい50年前まで陸の孤島だった石部。この集落に伝わってきた海や里の素朴な食材や料理を味わい、野の花を摘んで活ける海町の宿の暮らしぶりを知ることは、自分発見の旅となるかもしれません。
細い道の奥にたつ浩美屋。客室内にトイレや洗面所もあり清潔で泊まりやすい。
温泉はひと晩中かけ流し。高張性のあたたまり湯です
温泉民宿 浩美屋 電話:0558-45-0203 住所:静岡県賀茂郡松崎町石部132