「叶屋旅館」の新オーナーとなった今井大佑さんは、難病となり宿を始めるまでの7年間、あちらこちらで湯治をしてきたと言います。そうした体験から、宿を運営するにあたって「これだけは」と考えたポイントがありました。
1時間単位で貸し切りできる内風呂。ほどよい広さで落ち着ける
まずは「お風呂を貸し切りにする」こと。
今井さんは35才でサラリーマンを辞め、不調になると温泉地で湯治をしていました。お風呂で一緒になった人からの視線や「仕事はどうしているの?」といった問いかけが、弱った気持ちに突き刺さったと言います。そのため、「温泉は必ず貸し切りにしたい」と決めていました。2ヵ所ある温泉風呂は、1人または2人でちょうど良いサイズ。幸いなことに徒歩10秒の場所に共同湯があります。男女別温泉に入りたい人は、200円で共同湯に入ることができるのです。
2つ目は「各部屋専用のトイレとする」。
湯治宿の場合、客室内にトイレがあることはほぼありません。知らない人と共同利用するトイレは、人によってはハードルが高いもの。そこでコロナをきっかけに館内5ヵ所あるトイレを完全に各部屋専用とすることにしました。「トイレが清潔でキレイだったことも、この宿を受け継いだ大きな理由の一つ」なのだそうです。
家庭の台所のようなキッチン。コーヒーや紅茶などドリンクはフリー
3つ目は「清潔なキッチン」。
滞在するなら、自炊のできる施設は必要。しかし、明るく清潔なキッチンでないと、今の人には厳しい。「叶屋旅館」に新設されたキッチンは、一般家庭のダイニングキッチンのような雰囲気。レンジやトースター、冷蔵庫などの家電も整っており使い勝手もよく、シンクには常に温泉が流れていて食器洗いなどにも利用できます。
宿のお隣り「千楽」でいただいた天ぷら定食。揚げたてでおいしい!
4つ目は「食事は地域と連携」。
ご夫婦2人での運営のため、料理の提供は最初から考えていませんでした。そんな時に協力してくれたのがお隣にある食堂「千楽」の女将さん。休業中だった食堂を再開させ、宿泊客のため、夕ご飯(4種類の定食各1500円)と朝ごはん(800円)を提供してくれることになりました(いずれも要予約)。ケータリングやテイクアウトのできる村内のお店リストも用意されています。
5つ目は「マンガを用意」。
滞在中、退屈しないですむようにマンガが多数用意されています。本棚も手作りしており、人気連載マンガの一気読みも可能。連泊や滞在が多い宿のため、好評を博しています。
6つ目は「料金は1泊5000円」。
長逗留する人にとって、宿泊代金はとても大切。「できれば1泊5000円に」と考えました。浴衣やバスタオルは必要な人のみ有料で、シーツの無料交換は3泊目からなど、アメニティを工夫することで繁忙期をのぞく直接予約に限り1泊5000円という料金を設定。1名で宿泊する場合も、客室は限定されますが同料金。季節により暖房費の追加などがある場合も。
宿泊した「天狗山」。階段に近く窓がない2階客室。満室でも静かで夜は熟睡できました
今まで多くの温泉宿に泊まってきましたが、今回1泊してみて眼から鱗が落ちるような心持ちになりました。誰にでも向く観光的な宿ではない。けれども、この宿と温泉を必要とする人がいる。開業後ほとんどの期間、コロナ禍であったにも関わらず、同じ病気を抱えた人が湯治に来たり、夜あまり眠れないという人が休みに来たりと、3年半で多くの常連さんが訪れています。「自分たちの身の丈にあった快適に過ごせる湯治宿を作りたい」との今井さんの思いは、確実に実を結んでいます。
叶屋旅館(かのうや)
電話:0268-49-2004(9時〜21時)
住所:長野県小県郡青木村沓掛428-3
https://www.kanouya-inn.com
*本年は3月より営業開始予定
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