「やさしい温泉」人、動物、地球にも! by 西村理恵

第11回 式根島に温泉宿がない理由は?温泉は住民も観光客も島人みんなの宝だから(東京都・新島村)

島の北側にある美しい泊海岸 写真提供/式根島観光協会

東京から南へ160㎞。式根島は周囲12㎞、人口約500人の小さな島。ですが、温泉好きには聖地のような場所です。真っ青な海とリアス式海岸に囲まれた南海岸のあちらこちらから、熱いお湯が自然湧出しています。

公式に名前の付いている温泉は4カ所。うち屋内施設「憩の家」をのぞく3カ所は、24時間いつでも無料で入れる野天風呂です。なかには「海?」と言っても良いような野天もあり、潮の満ち引きによっては熱すぎて入れなかったりします。そんな自然のハプニングも式根島ならでは。波音を聞き、移り変わる空の色を眺めながらの入浴は、大らかな心を取り戻せるよう。一度ハマると二度三度と出かけたくなってきます。

漁港のすぐそば。にごった濃いお湯が注がれている「松が下雅湯」

 式根島は、映画『男はつらいよ』の舞台でもあります。数多くの温泉風景が描かれているこの国民的映画48作品中で唯一、式根島での入浴シーンにはフルヌード(美保純さんの後ろ姿)が映されています。シリーズ最大のギリギリカットですが、イヤらしい感じはなく、あっけらかんとした明るいムード。これも自然と一体になった式根島の温泉ゆえでしょう。

 

ナタで切り裂いたような岩場を抜けて地鉈温泉へ! 寅さん映画の舞台になった温泉です 写真提供/式根島観光協会

と、このように式根島の大きな魅力の一つが温泉ですが、島内に温泉を備えた宿は一軒もありません。宿は30数軒あり、通常の年ならば日帰り客も含めて年間約3万5000人が来島しています。宿にシャワーや湧かし湯のお風呂はありますが、温泉に入りたいなら、歩いてあるいは自転車やバイクで、海岸へ出かけて行くのです。これがなかなか良いもので、緑濃い島の道を温泉へと通っていると、ひととき島人になったような気分を味わえます。

ふつふつとお湯が湧き出す源泉風景。温泉好きにはたまらない!

それにしてもどうして式根島には温泉宿がないのか、不思議だと思いませんか? 7年ほど前に取材をした時、当時の観光協会長さんに聞いてみました。答えは、子どもたちを含めた島民全員で島の将来を考え、「各宿に温泉を引かないこと」を決めたから。そしてその考えは今も暗黙の了解として、島人に受け継がれています。

ではどうしてそう決めたのか? 一つは温泉がたいへん濃くてパイプの管理などに手間や資金がかかるため。温泉は公共のものとし、各宿はWi-Fiの整備などそれぞれの宿の質を高める方向にお金や時間を使った方がよいと考えたこと。そしてもう一つは、式根島らしさを守るため。温泉という「島の宝」を独り占めするのではなく、住民にも観光客にも開かれた形で守っていくことが、ゆくゆくは島のためになると考えたから、といったお話しでした。

 以前、何度目かの取材の際、遠くチリで起きた地震のため船が着岸できず、式根島に延泊したことがあります。島で過ごす時間は、ひとときでも島人たちと運命共同体になるんだなと、その時、感じました。式根島の楽園的なムードは、そんな「全員が島人」といった感覚ゆえに生み出されるものなのかもしれません。海岸から湧き出す温泉もまた、滞在客も含めた島人全員の宝ものなのです。

式根島

電話:04992-7-0170(式根島観光協会)住所:東京都新島村式根島

https://shikinejima.tokyo

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