出社は朝5時、米や野菜を育て、猿と格闘中!
Vol.6 小鷹広之さん 1980年生まれ・40歳(星野リゾート リゾナーレ那須)
日本初のアグリツーリズモリゾートを目指す「星野リゾート リゾナーレ那須」。約4万2000坪の敷地には、畑や田んぼがあり、その風景を楽しむとともに実際に野菜や米の収穫も行っています。2021年4月から始まった「お米の学校2021」プロジェクトを進める小鷹広之さんの意気込みと、ユニークな経歴を紹介します。
―――2019年の開業準備から手掛けるアグリツーリズモリゾートの手ごたえはいかがでしょう。
アグリガーデンの担当4名が中心になって、畑と田んぼの作付け管理、お客様のアクティビティなどを担っています。農薬を使わずに米や野菜を作っているので、昨年までは雑草に負けてしまい、お米はレストランで使うレベルになりませんでした。田んぼについてはあと5年間くらいは、雑草との闘い、その後ようやく稲が勝ち始めるらしいです。
アグリツーリズモリゾートはまだ始まったばかりですが、お客様が驚かれたり、楽しまれていらっしゃる姿に励まされています。個人的には、野菜作りで芽が出て本葉が出始めた時が一番ワクワクして嬉しいですね。
夏は、猿との戦いです。お米も食べるんですよ。昨年は4枚の田んぼのうち1枚はほぼ猿に食べられてしまいました。猿は朝から夕方までが活動時間で、半径10㎞が縄張りです。猿の集団が現れると「こらー!」と言いながら追いかけまわします。今はパチンコ銃と棒をもって、番犬のバンくんと一緒に、敷地外に追い払います。作物を守るためでもありますが、まず「人が怖い」ということを覚えさせることが大切なんです。お客様を守らなくてはいけないですから。猟友会の方が来ると、猿は命を取られるとわかっていて、逃げていきます。
最近は我々も習熟してきて、猿を追い払う方向を決めて連係プレーをしたり、仲間を呼ぶ猿の鳴き声がわかるようになりました。ただ、敷地の外に猿を追い払っても、地域の問題として解決しなければいけないので、猟友会や地域の方との連携も考えています。猿だけではなく、猪や狸、ハクビシン、ネズミなど……実際に農業を一から始めてみて、自然との付き合いは難しいと、失敗を繰り返しながら3年目に入ってしみじみ感じています。
―――星野リゾートには中途採用だと伺いましたが。
2011年、30歳で入社し、「星野リゾート リゾナーレ那須」が4施設目になります。じつは大学を卒業したものの、就職する、働くというイメージがわかなくて、1年間、熊本県のNPO法人でボランティアとして入りました。廃校になった木造校舎を残し、そこを基点に都市部から親子を迎え、農村体験をしてもらうという活動で、プログラム作りや畑の管理などをしていました。
その後ぷらぷらした後に(笑)、愛知万博でインタープリター(森の案内人)として活動し、その後またぷらぷらしていたら、以前の熊本のNPO法人から声がかかり、職員として3年間働きました。地域の活性化を目指したのですが、集客が思うようにできず、かえって地域が疲弊してしまったという挫折を味わいました。それは、自分自身にスキルがなく、情熱だけで進めた自己流だったことが原因です。そこで、自分の技術を磨かなければと思ったときに星野リゾートに出会いました。入社時は地域活性化という視点を強く持っていましたが、熊本で出会った農業を生かせることから、ここでの仕事にやりがいを感じています。
―――アグリツーリズモの素地があったわけですね。
そうですね。社会人経験の最初に出会ったのが農業や林業の方たちでした。その方たちの働き方や考え方が素敵だなと思って、生産者が元気になる、生産者の思いが伝わる活動にずっと携わりたいと思っていたので、今の仕事は天職です。星野リゾートの仕事は様々な業務をこなすマルチタスクなのですが、私はフロントと畑しかできません(笑)。
今は2歳の息子と一緒に自宅の庭でも野菜作りをしています。息子と一緒に夜9時には就寝、朝は3時ごろ起きて妻と自分の分の弁当を作り、朝5時には出社し、田畑で汗を流します。趣味はお酒を飲むくらいなのですが、料理が好きで、夕食も担当、得意料理は煮物や中華料理です。目下の趣味はシェフ遊びでしょうか。NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」の主題歌を頭の中で流しながら、庭で取れた野菜をどうやって美味しく食べるか、シェフになり切り、レシピを考えます。ちなみにインゲンはフライにすると甘みが凝縮されて美味しい。ピーマンはオリーブオイルをさっと塗ってグリルで焼くのがおすすめです。
ある日のお弁当(小鷹さん提供写真)
―――今後のアグリツーリズモリゾートの展開を教えてください。
生産者の思いを伝えると話しましたが、スーパーで野菜を見たときに、なぜ有機野菜は値段が高いのか、有機栽培の農家さんがどれほどの苦労をされているかということも伝えていきたいですね。
また、畑で収穫した野菜をその場で食べたり、摘んだばかりのハーブでお茶を飲んだり、という農業がある場所で過ごすことがこのリゾートのよさ、贅沢なんだということをもっとお伝えできればと。「アグリツーリズモリゾート」という言葉が「グランピング」という言葉のように定義づけられ、社会に定着できるようにしたいです。
関屋メモ
活動的で山好きの奥様とともに、息子さんの名前を「蒼山(そうざん)」と命名したという小鷹さん。名前負けしないようにと、息子さんのお弁当箱は曲げわっぱ、2歳の誕生日の際には愛情あふれるちらし寿司を作ってあげたそうです。
ちらし寿司(小鷹さん提供写真)
農業を学ぶか、イタリア料理を学ぶかで迷ったり、酒蔵で蔵人として修業したりと、本当にぷらぷらしていたよう。なにせ、“働くイメージがわかなかった”という言葉に衝撃! 一刻も早く自分でお金を稼ぎたかったと思っていた私の若き日と重ね合わせると、別の星の人のよう(笑)。でも小鷹さんが経験した多くの回り道が今の仕事に生きているのですから、それは間違いではなかったのでしょうね。星野リゾートにはユニークな人材が多い、第6回となる今回も、また驚かされました。今はどっぷり農業に浸かっている小鷹さんが、今後どう羽ばたいていくか。ちょっとぽっちゃりした体がどう絞れていくのか。また逢う日がとても楽しみです!
取材・文/関屋淳子 撮影/yOU(河崎夕子)