私の血は焼酎!スタッフが面白がる種を撒きたい
Vol.5 永田淑子さん 1979年生まれ・42歳(星野リゾート 界 霧島 総支配人)
2021年1月、鹿児島県・霧島神宮温泉にオープンした温泉旅館ブランド「界」の17番目の施設が「星野リゾート 界 霧島」です。桜島を望む絶景の地で豊かな温泉や霧島の恵みが堪能できます。総支配人として地元に根を伸ばす永田淑子さんの戦略と、素敵な変人ぶりを紹介します。
―――2020年10月、「星野リゾート 界 霧島」の総支配人として着任されました。
永田:子供のころから父親の仕事の都合で転勤が多く、この霧島への転居は20回目の引っ越しになりました。入社してからも転々とし、高知の「ウトコ オーベルジュ&スパ」では日本酒を飲みはじめ、山梨の「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」では苦手だった赤ワインを克服して美味しさがわかるようになり、そして今、霧島では芋焼酎漬けの日々です(笑)。
先日ワインを久しぶりにいただいたら、少量で酔っぱらってしまって…すでに私の血は焼酎になっています。私の部屋には常時20本以上の焼酎が並び、クラフトコーラと焼酎のブレンドや鹿児島の名産であるかんきつ類とのブレンドなど、限定酒もすぐに入手しています。大和桜酒造の「大和桜 春眠不覚暁(春眠暁を覚えず)」という芋焼酎があり、日向夏と一緒にいただくと美味しいというものもあります。
ご自宅の焼酎コレクション(永田さん提供)
―――土地の味覚である芋焼酎を極めているわけですね。蔵巡りもされているのですか。
永田:そうですね。じつは私自身、これまで焼酎というとおじさんが飲むもので、本格焼酎よりは焼酎甲類や酎ハイのイメージが強かったのですが、蔵元の次世代の方たちが次々と変化を起こしています。農大出身の方、日本酒の蔵元で勉強された方、卸の会社などで仕事をし知見を広めた方が自身の酒蔵で本格焼酎の美味しさを追及し、焼酎文化や可能性を広げようと頑張っていらっしゃいます。そんな蔵人のお話は聞いていてワクワクします。
焼酎に限らず霧島茶などの地元の名産を支えている方の仕事や人生への向き合い方を知ると、霧島のよさを一緒に盛り上げたい、お手伝いしたいという気持ちになります。一次産業が衰退しては困ると思い、芋焼酎と霧島茶の活性化を各方面に提案しました。若いスタッフとお茶畑で新茶を摘みに行ったりと、様々な「きっかけづくり」を進めているところです。
新茶摘み作業(永田さん提供)
―――実際の総支配人のお仕事はどのようなものですか。
永田:施設内でのオペレーションの確認はもちろんですが、その先のことをスタッフには話をしています。星野リゾートでは未来を創造することが現場にゆだねられています。つまり現場が主体性をもっているのです。個人のスキルを伸ばすことが企業の成長であり、個人の成長が企業の成功につながるという考え方です。お客様にお越しいただき、期待以上の滞在をしていただくということは刈り取りの部分であって、そのための種まきはスタッフひとりひとりが自分たちの手で行うということです。この地域のことは現場にいる私たちが一番わかっているからこそ、お客様に満足いただき何か心に刺さるものを残せると思っています。
また、弊社ではマルチタスクというひとりで様々な業務をこなすスタイルなので、ときに時間に追われ忙殺されることがあります。すると“考えること”をしなくなる瞬間が出てきます。私の役目はスタッフが日々の会話の中でどうやって”考えること“を育めるか、スタッフのやる気を重視し、いかにモチベーションを上げるかだと思っています。これまで複数の施設の総支配人を経てきました。総支配人の仕事は、私がいなくなったときにその施設が、スタッフが成長し続けていることだと思います。その段階で私の評価が決まるのです。
九州はこれから施設が増えていくエリアです。その時に、「界 霧島」のスタッフが大きな力となって各施設で活躍してくれることが、スタッフの未来の可能性を広げると同時に、会社への貢献につながると思っています。
―――スタッフのモチベーションを上げる工夫を教えてください。
永田:担当業務を希望制にしました。業務の担当は第3希望まで、その理由も添えて出してもらい、やりたいことを責任をもってやってもらっています。また、施設や地域の魅力を打ち出す「魅力創造チーム」というのがあるのですが、魅力創造も多くのスタッフが関われるように、これまでなかったマイスター制度というものを初めて作ってみました。
霧島に伝わる神話「天孫降臨」の九神にちなみ、9つのカテゴリー(日本茶、焼酎、歴史・神話、温泉、自然、発酵、郷土料理、やきもの、カメラ)をつくり、それぞれのマイスターが魅力創造を提案し、スタッフも意見を出し合います。魅力同士を掛け合わせることで新しい価値やストーリーを作り出すのです。スタッフが面白がって取り組むことが大切で、それぞれのカテゴリーで私よりも詳しいスタッフが増えてきて、嬉しいかぎりです。マルチタスク×専門性というのが「界」の在り方だと思っています。ただ、開業まで時間がなくて苦労しましたが。
―――学生時代はどのように過ごされましたか。
永田:大学は経営学科で、留学制度を利用したり、起業プログラムに参加したり……。起業プログラムではリアルな会社の構造を知ることができて得るものが大きかったですね。じつは当初はホテル学科を選んだのですが、自分には向かないと思い経営学科にしたのです(笑)。卒業後、都市開発を手掛ける会社にSEとして入社し、その後家族の介護のために実家のある山梨に戻りました。
介護に関わる中でアロママッサージに出会い、その勉強をして、セラピストやメディカルハーブの資格を取りました。これを仕事にしようと思ったときに「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」のスパを顧客として受けました。施術は私にはあまり合わなかったのですが、それよりもセラピストでもフロントでも給与面では同じに設定されていたことと、以前のリゾナーレ八ヶ岳が星野リゾートの再生により明るく変化したことを知っていたので、セラピストよりも、この会社への興味が湧くようになりました。以前に一緒に留学した方から星野リゾートの名前を聞いていたのも大きかったですね。配属は「星のや軽井沢」で、ここでの現代版の湯治文化の話を聞いたことも興味が湧く要因になりました。
―――今後の展望はありますか。
永田:なくなりそうなもの、本当は価値があるのに知られていないものをもっと多くの方に伝えたいということに興味があります。「界」の「うるはし現代湯治」も深掘りしたいですし。ただ、この先どうなっていくのかは深く考えていません。今は自分を追い込むことで自分が成長できると思っています。この「星野リゾート 界 霧島」で結果を出すことに集中しています。
関屋メモ
言葉を吟味し理路整然とよどみなく話す永田さん。紆余曲折も淡々と粛々と語る永田ワールドについ引き込まれてしまいます。ジェットコースターで絶叫したことも、カラオケで絶唱したこともないそう(そもそもカラオケには行かないらしい)。こう書くと、ちょっと近寄りがたい存在に思えるのですが、さにあらず。話せば話すほどもっと話を聞いてみたいという気持ちにさせてくれるから不思議。星野代表からは変人呼ばわりされ、公では演技をするようアドバイスをされたと言います。感情をあまり表にあらわさない永田さんは、大きな声を出す訓練をし、別人格を頭の片隅に置きながら、時にオーバーアクションで熱く語ると言います。演技をするスイッチは毎朝の抹茶で、お茶を点ててスイッチオン。お酒は強いということで、お酒が入るとへらへらと笑い、タガが外れるとのこと。いつもへらへらしている私としては、お酒を飲みながらのほうが話がもっと盛り上がりそう、と感じました。じつは「ルミネtheよしもと」に通っていたほどお笑いが好きで、今は巡り巡って博多華丸・大吉や中川家が好きと。そう聞いて、淡々としゃべりながら笑いを取るスタイルって、永田ワールドに通じる、とひとりで合点しました。次回会ったときはぜひ、「ぎゃーーー!!」と叫ばせたい!
取材・文/関屋淳子 撮影/yOU(河崎夕子)