2024年9月5日に誕生した温泉旅館ブランド「界 奥飛騨」。その場所は5つの温泉地から成る奥飛騨温泉郷の平湯です。岐阜県北東部、3000m級の北アルプスの麓に位置し、冬は温泉街がすっぽり雪で隠れてしまうような雪深いエリアです。地元で暮らす方々にとっては大変な大雪も、旅行者には未知の世界。幻想的な光景は旅の記憶をしっかりと焼き付けてくれるようです。
冬ならではのぬくもりを次のウインターシーズンに向けてお届けします。
滞在の中心は足湯のある中庭
「界 奥飛騨」は2つの客室棟と湯小屋棟、離れの4つの棟があり、その中心に中庭が位置しています。もともとは渡り廊下で建物が結ばれていたそうですが、あえて切り離したそう。それは、かつて平湯温泉では共同浴場に歩いて出かけ、温泉街を楽しんだという風景があったことから、実際にゲストにも外を回遊してほしいという想いが込められているからです。こんなに雪が積もっているのに外に出るの?と思った私。しかし実際に出てみると、光を受けてキラキラ光る雪の美しさや巨大な氷柱に驚き、見上げると活火山のアカンダナ山が大空に聳え……この回遊が楽しくなります。春であれば花々の彩り、初夏は爽やかな森の空気を感じることができることでしょう。
晴天!中央がアカンダナ山
中庭の奥にはトラベルライブラリーがある離れがあり、源泉かけ流しの足湯も。ここからの景色が抜群。好みのドリンクを手にまったりとした時間が過ごせますし、冬限定の「飛騨玉の雪明り」が引き立つ夜も素敵でした。
雪吊りをイメージしたアートオブジェも
飛騨の魅力を詰め込んだ「飛騨MOKU(もく)の間」
その地域らしさをちりばめた客室を「ご当地部屋」と呼び、「界 奥飛騨」では49すべての部屋が「飛騨MOKU(もく)の間」となっています。目に飛び込んでくるのは美しい曲線を描くヘッドボード。飛騨の広葉樹、ブナ・タモ・サクラ・ナラの木目を生かしたもので、曲木(まげき)という技法をモチーフにしています。
露天風呂付きの特別室
飛騨春慶の紅色の漆を活かしたウォールアートや800年の歴史がある山中(さんちゅう)和紙の行灯、そして座り心地の良い曲木チェアが配されています。さらに28室が露天風呂付きというのも嬉しいポイント。また、「界」としては初めてひとり旅専用の客室を設置、ダブルベッドを備えた快適な空間です。
ひとり旅用の客室
飛騨デザインに囲まれ、プライベートな時間が充実しそうです。
飛騨の木工技術を体験するご当地楽
地域の特徴的な文化を体験できるご当地楽。離れで、飛騨の木工技術の代表である曲木を用いたバッグハンドルを作ります。作業の前には、木工集団である「飛騨の匠」の歴史を紹介。なんと平城京・平安京の造営にも貢献したというから驚きです。「界 奥飛騨」は高山市に位置しますが、高山市の90%が森林地帯で、これは東京都とほぼ同じ大きさとのこと。自然とともに生きてきたからこそ、自然を活かす技術が発達したのですね。
次に木を曲げる作業です。木材は高含水率・高温度状態で軟化します。実際の曲木工程ではプレス曲げなどの機械を使いますが、ここではお湯に浸した檜の板を手で力を加えながら少しずつ曲げていきます。
十分に曲がったところで、電子レンジで乾燥させ、取っ手部分に袋状にした「界」の風呂敷を通します。すごい!風呂敷バッグが出来上がります。これは便利!さっそく館内で活躍しそうです。
自慢の温泉と囲炉裏端を思わせる演出の会席料理
「界 奥飛騨」のコンセプトは「山岳温泉にめざめ、飛騨デザインに寛ぐ宿」。山岳温泉とは山間の新鮮な空気や風を感じる温泉という意味合いで、山の恵みがもたらした温泉でもあるよう。平湯温泉は1日1200万ℓという膨大な温泉湧出量を誇り、活火山が間近にあることから源泉温度は98℃という高温。毎日16時10分から開催される「温泉いろは」では、奥飛騨温泉郷、平湯温泉の歴史や宿の温泉の効能について知ることができます。
大浴場の内風呂には、源泉かけ流しの「あつ湯」とリラックス効果が高い「ぬる湯」があります。泉質はナトリウム・カルシウムー炭酸水素塩・塩化物泉。ナトリウムが多いので体をしっかり温めてくれて、冬でも外で涼みたくなるほど。ほんとうに温かさが続きます。
露天風呂はちょっと変わったスタイル。雪の回廊をモチーフにしていて、切り取られた空間から空が。雪の日は雪を見上げ、晴れた夜は星々が光り注ぎます。
湯浴みの後はお待ちかねの夕食です。地域の郷土食をあたらしく楽しめるのが「界」の特別会席料理。先付はすったてと牛しぐれ。すったてとは大豆をすりつぶしたもので、岐阜・白川郷の郷土の味。囲炉裏風の膳に、お守りの山彦人形とともに登場です。
先付
この人形は昭和の初め、文化人・代情(よせ)山彦によって、山霊の分霊として象られた開運と魔除けのお守り。緑の笠ヶ岳、紫の乗鞍岳が見守っています。煮物椀のあとは宝楽盛り。八寸やお造りなどが、こんどは囲炉裏端風の長い膳で供されます。
宝楽盛り
さらに美濃焼の器には揚げ物、蕪と塩鱈の饅頭の蓋物と続き、台の物は飛騨牛の朴葉つと焼きです。
「つと」とは藁などを編んだり、束ねたりしてそのなかに食材を包んだもの。あらかじめ表面を熱してある飛騨牛をつとから取り出し、好みの焼き目を付けていただきます。きめ細やかな肉質の旨みが口の中で広がります。塩や山葵、飛騨産の実山椒などで味わいます。
甘味はマシュマロに甘じょっぱい、みたらしのたれ、竹炭のクランブルに黒胡麻のアイスクリームで、七輪風を演出。なかなか凝っています。
食後は離れで、香り付けをしたウイスキーが振舞われていました。チップを選んで薫香を纏わせて愉しみます。ウイスキーは飛騨高山蒸留所と兵庫・明石にある江井ヶ嶋蒸溜所のもの。ナラはパンチのあるスパイシーな香り、サクラはマイルドなスモークチップの王道です。自宅でも試してみたくなる、楽しい体験でした。
ぐっすり眠った翌朝、7時10分からの現代湯治体操に参加。冬なので離れ内で行います(夏は中庭)。椅子に座ったままという珍しいもので、ゆっくりと体を目覚めさせます。
朝食は、寒い地域の知恵ともいえる干し野菜がたっぷり入った味噌鍋や、自家製豆腐などの和食をいただきます。大根や人参、茄子など保存のために乾燥させた野菜は戻すと、旨みたっぷり。豚肉も入りボリュームたっぷりで、いつものようにご飯もお代わり。
今回は冷えた体を芯から温めてくれる温泉や冬の演出である「飛騨玉の雪明り」などを存分に楽しみましたが、開業から半年、施設の今後について総支配人の須永隆介さんにお話を伺いました。
まず一番の課題は、平湯温泉の認知度を上げることだそうです。確かに温泉好きであれば奥飛騨温泉郷や平湯温泉は一度は行ってみたい温泉地ですが……。「関東からですと所要時間は5~6時間かかります。ですのでアクセスを超える価値を生み出すことが大切だと考えています。また連泊で施設や温泉地をより楽しんでもらう工夫が必要だと思っています。地元の方々と協力し、幅広い文化体験のアクティビティ・手業のひとときも考案中ですので、ぜひ楽しみにしていてください」
山々に囲まれる山岳温泉。四季ごとに多彩な表情を見ることができるエリアであることは、間違いありません。冬以外の魅力を楽しみにまた訪ねたいと思います。
モダンなフロントとショップ
岐阜県高山市奥飛騨温泉郷平湯138
電話:050-3134-8092(界予約センター)
1泊3万1000円~(2名1室利用時1名あたり、税・サービス料込み、夕朝食付)
取材・文/関屋淳子 写真/yOU(河崎夕子)