長野の西、松本の北に位置する大町市。大町温泉郷は北アルプスの麓、秘湯・葛温泉から引湯する温泉です。夏は立山黒部アルペンルートへの玄関口として賑わい、冬は何といってもウインタースポーツ。でも私のようにスキーに縁のないものにとって、冬の魅力は何?を探しに出かけました。建物は雁木(がんぎ)という雪国独特の、雪除けのアーケードでフロント棟や客室棟、温泉棟などが結ばれています。
この施設の目玉は何といっても囲炉裏のある土間。ここを中心に滞在の時が刻まれます。そのお楽しみは後述するとして、まずは、3月31日まで開催される「信州お漬物滞在」を体験します。
奥が深い信州の漬物文化
長野県民のお客様へのもてなしは、漬け物ってご存じでした? 挨拶もそこそこに、お茶と漬け物が供されます。お茶請けはお菓子ではなく、漬け物、そしてもちろん自家製です。冬の寒さが厳しい信州では、収穫した農作物を漬け込んで保存食として備えました。定番の野沢菜漬けをはじめ、様々な漬け物が各家で作られ、漬け物で野菜のビタミン類や食物繊維、さらに免疫力を高めてくれる乳酸菌もしっかり摂取してきたのです。
「信州お漬物滞在」では地元漬物屋のお母さんから、漬け物づくりを習います。作業の前には、漬け物の歴史や効能を聞きながら野沢菜漬けやエリンギの粕漬、しば漬け、小梅の甘酢漬けなどを味わいます。どれも美味しくて、塩味が少なく食べやすい。最高のお茶請けです。
今回は胡瓜・リンゴ・白菜を使った味噌粕漬けと、大根の醤油漬けを作ります。懐かしい割烹着に袖を通し、野菜を切り(大きさは適当でいいそうです)、水分を抜き、調味料を加えます。長野ではぬか漬けよりもどちらかというと浅漬けが多いよう。そんなおしゃべりをしながら、お母さんと一緒に材料をよく揉み込み、途中で味見をしながら、樽の中に。これを一晩寝かせます。お楽しみは翌日の朝食で。
雪景色を眺めるご当地部屋
客室は滞在を通して地域の文化に触れる「ご当地部屋」。伝統工芸の松崎和紙の行灯や切り絵作家・柳沢京子さんによるアートワーク、上田紬のベッドライナーなど、ほっこりと温かい雰囲気を作り出しています。窓の外は雪というのもいいですね。
客室は離れ、ロフト付き和室、内風呂付き和室など全4タイプがあり、今回は離れに宿泊。柳沢京子さんの切り絵が部屋で楽しめる体験セットも用意されていました。
離れの部屋には薪のストーブがあり、じつはこれが曲者で(笑)、火を入れると気になって気になって、ずっと見ていたくなるのです。燃え過ぎないように消えないように。向き合っていると無心になって時間を忘れてしまいました。なんだかこんな時間は初めてで、キャンプのキャンプファイヤーがくせになる気持ちがわかりました。
離れの客室
少し落ち着いたところで、温泉へ。泉質は弱アルカリ性の単純温泉で、やわらかく肌触りの良い湯が内風呂と露天風呂を満たします。露天風呂は一面の雪化粧。澄み渡る冷たい空気がなんと気持ちのいいこと。体への負担が軽い温泉なので、何度も入浴しながら、雪見の露天風呂を楽しみましょう。
星野リゾート様提供
囲炉裏の効果、究極の癒し
囲炉裏では各地域の文化に触れられるご当地楽が楽しめます。囲炉裏の主人がチェックインの時間帯には、お茶とおやきを用意して待っています。片面だけ焼き目を付けたおやきは、外はパリッ、中はふんわり、素朴な味わいが口に広がります。
また19時~21時30分には地酒と漬け物のもてなしがあります。熱燗を傾け囲炉裏を囲めば、お客同士で話が弾み、旅の思い出も増えるはず。皆の笑顔の中心にゆったりとした時間があります。
さらに早朝にはかまどで炊いた「おめざがゆ」も! お粥を炊くいい香りがあたりに漂い、北アルプスの柔らかな水でコトコト炊いたお粥はなんとやさしい味わいでしょう。ゆっくりと体を目覚めさせてくれます。
雪鍋の夕食と、漬け物の仕上がりは⁉
個室スタイルの食事処でいただくお楽しみの夕食。先付のローストビーフと信州サーモンの鳴門、次に煮物椀、そして八寸やお造り、酢の物などが盛られた宝楽盛りへと続きます。先付には、名産の生山葵が添えられ、お造りにはシナノユキマス、信州サーモン、馬刺し。ご当地の味覚がふんだんに盛り込まれています。山葵は敷地内でも栽培されていました。
先付と煮物椀
お造りや八寸が盛りつけられた宝楽盛り
山葵も栽培されています
そしてメインの台の物は、雪鍋(冬から春)と名付けられた、すき焼き風の鍋。鍋の上にふんわりと乗せた綿あめに、割り下をかけると雪解けのように消えていきます。すっきりとした甘みの雪鍋、温泉玉子とともにいただきます。
朝食は焼き魚や煮豆、茸たっぷりの味噌汁など、素朴ながら滋味深い味わい。さあ、昨日仕込んだ漬け物はどうなっているでしょう。
大根の醤油漬けは歯ごたえがよく爽やか、野菜の味噌粕漬はほんのりとした甘みとリンゴの酸味、胡瓜の歯ごたえがしっかり。時間の経過とともにさらに美味しくなる予感です。誰かに食べさせたくなるような、手前味噌ならぬ、手前漬け物でした。
様々なアクティビティを用意する「界 アルプス」の総支配人、北原絵里世さんに話を伺いました。「お客様は登山が好きな方やスキー・スノーボーダーが多く、アクティブな方が多いのが特徴です。よく動き、じっくり滞在するというスタイルの方が多いですね。信州の贅沢な田舎体験というこの宿のコンセプトをつくり上げるときに、田舎らしさとは何かということを、想像を膨らませ、スタッフと一緒に楽しんで作っています。大町は田舎暮らしを求めて移住する方が多く、住むのにはいい場所です。自然と文化がほどよくミックスされて、魅力ある場所です。それをもっとアピールしたいですね」
さらに、周辺の安曇野や白馬より知名度が低い大町というほどよい田舎で、懐かしくて落ち着く滞在を目指すために、もっと周辺を巻き込んでいきたいと語ってくれました。
総支配人・北原絵里世さん
訪ねた日は、雪が少なく自慢のかまくらが作れないような状況でした。それでも雪国らしい張り詰めた冷気やちらちら舞う雪、身体を芯から温める温泉、炭火や薪ストーブの灯りに癒され、気持ちが穏やかになるのを感じました。信州の贅沢な田舎体験、疲れた心に効きますよ。
住所:長野県大町市平2884-26
電話:050-3134-8092(界予約センター)
料金1泊2万8000円~(2名1室利用時1名あたり、サービス料込・税込、夕朝食付き)
取材・文/関屋淳子 写真/yOU(河崎夕子)