2022年8月3日に開業した「界」の20施設目である「界 由布院」。そのコンセプトは「棚田暦で憩う宿」。これまで何度か訪ねた由布院温泉のイメージと棚田? 由布院温泉といえば温泉が湧く金鱗湖や田園地帯を巡る観光辻馬車、観光客で賑わう湯の坪街道、どうしても私のなかでは棚田が結びつかなかったのです。
施設へ向かうタクシーのなか、運転手さんが「こんなところに宿があるんですか…」と話すように、そう、こんなところなのです。たしかに由布院は温泉旅館が点在していますが、住宅街を抜けた、小高い丘のようなところ。到着してびっくり、フロント棟のエントランスを抜けると棚田が広がっていました。これまで知らなかった由布院がありました。
フロント棟
大分という地名は「大いなる田」が由来といい、別府市や玖珠町、宇佐市などに今も棚田が残り、全国的にも棚田が多い県。この施設の敷地内にももともと棚田があったそうで、「棚田」を中心に施設が造られています。
取材時はちょうど稲刈りが終り、稲藁を乾燥させるためのはぜ掛けが点在。都会育ちの私でもなぜか知っている懐かしい情景。春は田植え前の水鏡、夏は青々とした田、そして稲穂が揺れる実りの秋……。四季折々の棚田に美を見出す、日本人の琴線に触れる風景なのです。
左に立つのが棚田離れ
棚田とクヌギ林、どっちに泊まる?
客室は棚田を目の前にする宿泊棟と離れ、クヌギ林に向かう離れなどがあります。なかでも棚田のなかに立つ棚田離れは、杉板張りの寄棟造、日田杉の床という木造の軽やかな造り。足元から天井までの一枚ガラスのピクチャーウインドウを中心にリビング&ベッドルームと露天風呂を有する浴室サイドに分かれています。リビングからはもちろん目の前に棚田。やばいくらい、開放的すぎるでしょう~ さらに縁側に座れば棚田はひとり占めです。
クヌギ林に面する露天風呂付きの客室はお籠り感たっぷりで、静寂な時間が楽しめます。また愛犬と泊まれる離れもあります。
棚田離れ。天井からのライトが蛍かご照明
露天風呂付きのクヌギ林に向く客室
いずれの客室にも共通するのが「蛍かご」照明。蛍かごは、麦わらなどで作った籠に蛍を入れて飼育したり鑑賞したりするもの。ちなみに夏の季語です。これをイメージし、大分の国東半島でしかとれない植物・七島藺(しちとうい)を使い、淡い光が点滅する照明が配されています。夜はとても幻想的な光の演出が楽しめます。
温泉いろは&由布岳を望む露天風呂
温泉旅館「界」では「界の湯守り」がおすすめの入浴法などをレクチャーする「温泉いろは」を実施。「界 由布院」では紙芝居形式で温泉の成り立ちや成分などをわかりやすく解説してくれます。なかでもユニークだったのが、由布岳と鶴見岳の恋物語⁈ 内容はぜひ実際に聞いてくださいね。
大浴場は雄大な由布岳を眺める開放的な空間。内風呂には、弱アルカリ性単純温泉のやわらかな湯が満ちる源泉かけ流しの「あつ湯」と、ゆっくりリラックスできる「ぬる湯」の2つの浴槽があります。露天風呂の目の前には由布岳が顔を出してくれました。メタケイ酸も多い美肌の湯にのんびり浸かりましょう。
なんと、夕食はジビエ祭り!
夕食は半個室やカウンター席がある食事処で特別会席をいただきます。先付は猪と椎茸の最中パテと、クレソンのサラダには猪肉の生ハム。おや、いきなりジビエ? と思った皆さん、くせもなくとても食べやすいので安心してください。そして宝楽盛りには八寸や鮮魚のお造りなど安定の品々、揚げ物や酢の物に続き、メインの台の物は山のももんじ鍋。
先付
宝楽盛り
すっぽんの出汁で猪、鹿、穴熊、牛肉をしゃぶしゃぶで楽しむジビエ祭り! もちろん、大分の焼酎と合わせてくださいね。ジビエといえばイタリアンやフレンチを連想する方も多いのでは。ソースや調理法を駆使することでジビエの野生の力強さや旨さを引き出すというのが一般的ですが、じつはこのシンプルなしゃぶしゃぶこそジビエの味わいを存分に楽しめると、確信できるはず。ジビエに負けないすっぽんの凝縮された風味がフルーティーで甘く上品な、本来のジビエの脂身の美味しさと融合しているようです。それぞれに肉に合わせるタレも秀逸でした。「界 由布院」、やるなあ、というのが率直な感想でした。
藁綯いでお守りづくり
朝はちょっと早起きして現代湯治体操を。朝霧がよく見えるという朝霧テラスに7時に集合し、呼吸法とストレッチです。現代湯治体操も、それぞれの施設で工夫を凝らしているのですが、「界 由布院」では田植えをヒントにした動きを取り入れています。はい、中腰でスクワットのように。
朝食は七輪で野菜を焼く和食、そして界では初お目見えの洋食から選びます。洋食のパンが米粉というのもポイントです。
そして界ならではの体験、ご当地楽をぜひ。田んぼつながりですもの、藁を綯(な)ってお守りを作ります(無料)。藁を綯ることは手を合わせること。右綯えはわらじなどの日用品をつくるやり方、左綯えはしめ縄などの神事に用いるやり方だそうで、左綯えで祈りを込めてお守りを作ります。最後に水引などの飾りをつけて完成。いつもながら不器用な私をスタッフの方がやさしく指導してくださいました。またひとつ、旅の思い出が増えました!
棚田を見晴らす棚田テラスに座っています。雨で煙った朝の美しさもいいものです。心が平和になっていくのがわかります。手つかずの大自然はもちろん素晴らしいですのですが、人の叡智が作り上げた棚田にハッとさせられ、そしてやさしく癒される。棚田暦という時間は確かにあると、実感した旅でした。
☏050-3134-8092(界予約センター)
1泊2食付きひとり3万5000円~
取材・文/関屋淳子 撮影/yOU(河崎夕子)