第83回 「界 加賀」にて、加賀の手わざと石川の伝統文化にふれる(石川県・山代温泉)


職人技の無垢の酒器で日本酒を味わう

石川県には漆器の産地が3つあり、それぞれ「木地の山中」「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」と称されます。その中で、木目を生かした自然な風合いを表現した木地挽きが特徴の山中塗は、挽物の木地としては全国一の生産量を誇ります。

山中漆器の魅力を職人から直に学べるのが、金沢から特急で約30分でアクセスできる、2019年にご紹介した山代温泉にある星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」の『界 加賀』です。全国にある界ブランドでは宿泊客を対象にご当地の文化体験手業のひとときを提供しています。各地域の文化を継承する職人さんや作家さん、生産者の方々の希少な技を間近で見たり、一緒に文化体験を行うことができるアクティビティです。

界 加賀で体験できるのが、「山中塗の木地師があつらえた無垢の酒器で日本酒を味わう体験」(2022年9月1日~2023年2月28日の平日に実施/1名11,000円/7日前までにWEBにて要予約)です。漆を塗る前の酒器は注いだ液体が少しずつ染み出してしまうため、市場に出回ることはないのですが、このアクティビティでは漆を塗る前の無垢の状態の酒器で木の薫りとともに日本酒を愉しめるという、とても貴重な体験ができるのです。

今回の手業のひとときでは、漆製品の製造販売を行う「株式会社 西本」の西本浩一氏とともに、「工房なかじま」を訪れます。

木地が所狭しと積み上がった工房なかじま

山中塗は、越前より木地師が山伝いにより良い材料を求めて移り住んだことに始まり、加賀温泉郷の山中温泉に職人が定着して以来、挽物の技術が今に継承され続けています。輪切りにした木から縦方向に器の形を取る「縦木取り(たてぎどり)」が大きな特徴の山中漆器。耳で聞いてもよくわかりませんが、工房なかじまの木地師の中嶋さんから実際に木を見せて頂きながら説明を聞くとその構造がよくわかります。

縦木取りにすると、乾燥による歪みが出にくく堅牢な漆器ができあがるそうです

 「手業のひととき」では、2種類の酒器の形から好きな形を選ぶと、
中嶋さんがその場で酒器をあつらえてくれます

そして中嶋さんが実際にろくろを使って削っていく工程を見学。掘り炬燵のような作業場の足元の操作で、ろくろの速さや方向を変えられるようになっています。木地を縦に高速回転させながら、横からカンナを当てて形を作っていきます。

こんなに間近で見られます!

そして、挽物では何十種類ものカンナが使われます。カンナは職人さん自ら素材から鍛造して作り上げるそうで、地下にある鍛造の作業場も見学させていただきました。自分のクセや力加減に合わせた道具でないと、ち密な作業ができないとか。金属を熱して叩いて形を作っていく鍛造の技術も、挽物とともに教わるそうです。これにはびっくり!

工程によっていくつもの道具を使い分けます

さらに、千筋(せんすじ)や荒筋(あらすじ)など木地の表面に模様を刻む「加飾挽き(かしょくびき)」も山中漆器の特徴のひとつ。カンナを変えながらろくろを回転させて美しい模様をあっという間に刻んでいく職人技を目の前で見られる。タタタタ、シュシュシュという心地よい音とともに、みるみるうちに繊細な模様が生まれていく。それも自分だけのための器を職人さんが目の前で挽いてくださるのです。なんと贅沢なことでしょう!

下1/3に加飾挽きして頂いた“私”の酒器

界 加賀での夕食時には、作っていただいた酒器と、石川を代表する蔵元のひとつである福光屋の「加賀鳶」を堪能。漆を塗る前の酒器は、口ざわりはさすがに若干ざらっとひっかかる感じがあるのですが、辛口の加賀鳶とともに鼻孔に漂う削ったばかりの木の新鮮な香りは格別です。

無垢の酒器は時間が経つとお酒が染み出すので桝とともに提供されます

この後は塗師の手によって黒色・朱色・茶色の3色から選んだいずれかの色の漆で丁寧に仕上げられて、後日届けられます。スタッフに一旦酒器を預けますので、生の木の状態で一献いただけるのは、まさにこの夜だけの特別な体験です。

 
サンプルで漆の色を選べます 

工房なかじまでは、時間があれば作品の見学や購入も可

伝統文化を自ら体感する

石川にはさまざまな伝統文化がありますが、界 加賀では山中漆器以外にも伝統文化を体験できるアクティビティが用意されています。

〇金継ぎアクセサリー作り
割れてしまった器をつなぎ合わせる日本独自の技法「金継ぎ」。界 加賀ではスタッフがこの技法を習得し、これまでに館内の200を超える器を修復する活動を行ってきたそう。体験では、石川を代表する九谷焼のかけら同士を金継ぎし、ピアス、イヤリング、箸置き、髪飾りのいずれかを作成できます(3,000円)。

かけらの組み合わせを選ぶのが楽しい!

用意される道具は、筆、漆、金属粉など。スタッフさんに教えていただきながら作業を進めていくのですが、好みのかけらを選ぶという最初の行程でまずつまずきます(笑)。九谷焼は、赤・緑・黄・紫・藍の五彩を基本とした釉薬で描かれた鮮やかな装飾が特徴。イヤリングなら片耳でかけら2つ使うのですが、同じ模様も形もふたつとありません。かけらの組み合わせによって印象が異なるので選ぶのが大変なのです。今まで体験された方も、選ぶのに要する時間がとても長かったとか。納得できるものを作りたいという気持ちがよくわかります!

 金継ぎを真剣に行います

界 加賀の正面玄関にも使われている弁柄漆(べんがらうるし)と同じ色味の赤の人工うるしを接着面に塗り、かけら同士をくっつけて乾燥させます。次に、ある程度固まったらうるしの上から金粉をふりかけます。うるしの塗り方や場所、うるしの量によって金粉の付着具合が変わってきますので慎重に作業を進めていきます。余分な金粉を払った後はしっかりと乾燥させることが必要なのでスタッフさんへ一旦預けます。翌日、アクセサリーに仕立てた状態でいただけます。

完成したイヤリングを見ると、センスもよくてなかなかいいじゃないの!と自画自賛。イヤリングを付ける度に、界 加賀のステキな思い出が思い浮かびそうです。

金継ぎイヤリングが完成!

〇茶室「思惟庵」での独服体験

茶の湯は、凛とした空間の中、お茶や菓子、道具や茶室でのしつらえなどを五感で味わう文化ですが、石川における茶の湯は加賀藩五代藩主・前田綱紀の頃に始まったとされます

と言いつつも、現代においてはなかなか茶の湯を身近に感じることも少なくなっていますよね。かくいう私も同様。そんな方におすすめしたいのが、こちらの独服体験です(1,500円)。独服とは茶道の一種で、自身が主人と客人になりひとりで茶を点てて飲むこと。

用意されるのは浅煎りと深煎りの2種類の加賀棒茶と、それぞれに合う菓子の2種。浅煎りのお茶には落雁、深煎りのお茶に加賀野菜の一種「味平かぼちゃ」を使ったモナカを合わせ、順番にいただきます。

敷地内にある国の登録有形文化財の貴重な茶室で、加賀棒茶の独服体験

たった15分間ほどの体験なのですが、お湯が沸く音以外、ほとんど音のない空間で自分自身のためだけに淹れたお茶をいただく。静かな世界に身を置き、無心になって自分をリセットできました。心が癒されるこんな時間こそ、贅沢なことかもしれませんね。

九谷焼の器で食す会席料理

界に滞在する時の楽しみのひとつが夕食です。界 加賀の建物は、寛永元年創業の温泉旅館「白銀屋」を前身としています。当時の白銀屋は、陶芸家であり美食家でもある北大路魯山人の定宿として知られ、宿代の代わりに魯山人が作陶した陶器や書が今も館内に展示されています。そして、魯山人の「器は料理の着物」という料理哲学に習い、界 加賀でも旬の素材を仕立てた品々が、目にも美しい器で供されます。

この日いただいたのは、2022年11月6日まで提供される「のどぐろと鮑の特別会席」です。

 煮物椀「鮑真薯」は、紅葉の赤、清流や日本海の荒波をイメージした華やかな山中漆器で。
料理を食べ終えた空になった状態でも美しい模様を楽しめます

台の物「鮑の若布包み蒸し」の取り皿はもちろん九谷焼。たっぷりのワカメで包み蒸し上げた鮑を、オリジナルのポン酢と大根おろしのちり酢でいただきます。ゆっくりと蒸し上げてあるので、ワカメの風味が鮑にほんのり移り、身も弾力はありつつもとてもやわらか。

「鮑の若布包み蒸し」。左の小指のような緑のものは鮑の肝。苦味はほとんどなく、お酒にも合う珍味

のどぐろとともに炊き上げた「のどぐろの土鍋ご飯」は、のどぐろがとろけるようにふっくら。口いっぱいにのどぐろの風味が広がり、思わず「おいしい・・」とつぶやいてしまいます。満腹でのどぐろご飯を食べきれない場合はお持たせにしてくださるので、客室での夜食にどうぞ。

 「のどぐろの土鍋ご飯」。木目の美しい山中漆器で味わえます

個性的な文様であっても、料理が盛り付けられるとすっと馴染む。目で味わうとはまさにこのこと、と感じ入った一夜でした。

北陸の文化が滞在をより豊かにする

他にも、石川の伝統工芸で設えられたご当地部屋、毎晩披露される金沢市の無形民俗文化財指定のご当地楽「加賀獅子舞」、加賀の四季を表現した九谷焼のアートパネルで彩られた大浴場、界 加賀宿泊者は無料で入浴できる、界 加賀の目の前にある共同浴場「古総湯」など、界 加賀の楽しみは尽きません。

ご当地楽「加賀獅子舞」(写真提供:星野リゾート)

大浴場(写真提供:星野リゾート)

共同浴場「古総湯」

現地を訪れ、実際に職人さんからお話を伺うからこそ知ることができる技術の高さと伝統工芸に対する深い想い。日頃何気なくいただいていましたが、器と食への思いが、より深くなった滞在となりました。いいものに囲まれると、気持ちが豊かになり心が幸せになります。加賀百万石を生んだ多彩な文化に会いに、ぜひ界 加賀を訪れてみてはいかがでしょう。

加賀
石川県加賀市山代温泉18-47
TEL:0570-073-011(界予約センター)
料金:1泊2食付3万1,000円~(税・サービス料込)
https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaikaga/

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取材・文/塩見有紀子

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