すっと扉が開き、館内に足を踏み入れると、そこは静謐の空間。心地良い静けさが漂う美術館を訪れたような気持ちになります。それもそのはずで、標高およそ700mの地に立つ「界 仙石原」のコンセプトは、「アトリエ温泉旅館」。客室はもちろん、館内のそこかしこに仙石原の地をイメージして描かれた作品が飾られています。
星野リゾートの温泉旅館「界」では「うるはし現代湯治」の名の下、北は北海道から南は鹿児島にある各施設で温泉の効果的な入り方を指南しています。温泉は千差万別。泉質によって入り方が異なります。今回はここ界 仙石原にて、本物のアートに触れつつ、界流の現代湯治を体験してきました。
湯守りの案内で、仙石原の温泉を知る
界には“温泉の案内人”である「湯守り」がおり、「温泉いろは」と銘打つ講座にて温泉の歴史や、特徴に合わせた入り方を指南してくれます。アトリエライブラリーにて行われる「温泉いろは」は事前予約制で、チェックイン時に希望を伝えて参加します。
時間になると専用の半纏(はんてん)をまとった湯守りが登場。紙芝居を用いて、温泉について分かりやすく解説していきます。界 仙石原に引かれている大涌谷温泉は、酸性-カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉。pH値はなんと2.0で、レモン汁とほぼ同様の酸性のお湯です。
湯守りが手ぬぐいに描かれた仙石原オリジナルの紙芝居を用いて温泉について解説。
「この湯につかると肌の脂分を洗い流し、角質やくすみをとってくれるとされる泉質で、"美肌の湯"とも呼ばれています」と湯守り。肌にうれしい効能ばかりですが、酸性度が高くやや刺激が強いお湯なので、1回の入浴は10分ほどと短めにした方が良いのだそう。また湯から上がる際は、肌に温泉の成分が残らないよう真湯で洗い流し、アメニティに用意されているボディローションやミルクなどでしっかり保湿するのがおすすめなのだとか。湯守りの説明の講座に参加している方々は、みな一様に頷きます。
「温泉いろは」の最後に、1グループに1冊ずつ配られたのは、「お湯印帳」。施設オリジナルのスタンプが押され、効能も記されています。温泉についての自分なりの感想が書けるようになっているのがポイントで、全国に点在する界を訪ね、"全湯"踏破したくなります。
「温泉いろは」に参加できなかった場合も、「うるはし現代湯治 ご案内」(左)があるので、大丈夫。
滞在のモデルスケジュールなど、温泉にまつわる情報が記されています。「お湯印帳」は「温泉いろは」
に参加できなかった場合は、フロントにて購入可能です。
大浴場で、客室の露天風呂で、ゆったり湯浴みを
界 仙石原では、大浴場に加え、客室でも温泉を楽しめます。
大浴場は露天風呂付きで、内湯には温泉と真湯の湯船が並んでいます。まずは温泉浴を楽しみましょう。たっぷり注がれる温泉は、ほのかに白くにごり、やわらかな肌触り。湯につかりながら腕に手をすべらせると、もうすでに肌がつるりとしているよう。およそ10分つかったところで、真湯で満たされた露天風呂へ。
写真奥の温泉浴槽は41〜42℃と熱めに、手前の真湯は37〜38℃とぬるめに設定されています。
訪れたこの日は雨模様でしたが、露天風呂に面した森の緑が水気を帯びて艶やかに輝き、むしろ風情が増しているように感じられました。
森に面した大浴場の露天風呂(写真は男性用)。真湯なので、長湯も可能です。
界 仙石原は全室露天風呂付きで、お部屋でも温泉を堪能できます。こちらは、大浴場の露天風呂とまたひと味異なり、なだらかな山々の稜線が続く、爽快な大パノラマを眺めての湯浴みとなります。あまりの気持ちよさについつい長湯をしてしまいそうです。
今回滞在した客室の露天風呂。シャワー室が併設されています。湯上がりはテラスで涼んで。
温泉で体が芯まで温まったところでのマッサージもおすすめ。施術前に気になる箇所などを丁寧にヒアリングしてくれます。私は普段、長時間同じ姿勢で座っていることが多いので、肩や腰に強い自覚症状があることを伝えました。ガチガチに凝り固まっている患部を中心に、指圧の強さを調整しつつ、全身の凝りをほぐしていきます。施術が終わった後の体の開放感といったら!温泉で体が温まっていることも相まって、この後すぐ、こてんと眠ってしまいました。
絶妙なやわらかさのマットレス「ふわくもスリープ」で施術を受けます。
シーンに合わせたドリンクやオリジナルの体操でリラックスして
「うるはし現代湯治」の手引書には、滞在中に楽しめる湯守りセレクトのドリンクも紹介されています。もちろん、ただ飲むのではありません。「入浴前」と「入浴後」、「就寝前」と「起床後」、そして「お出かけ前」の5つのシーンに合わせてドリンクを提案してくれています。
・入浴前「おひるねみかん」/入浴後「足柄茶」:入浴で失われがちなビタミンやミネラル。みかんの果汁100%のジュースでビタミンを、地元産のお茶でミネラルを補給します。
・就寝前「蒸し生姜湯」:血行促進や細胞の酸化防止効果があるとされる生姜の成分「ショウガオール」は、蒸すことで成分が生のものの約33倍になるといわれています。就寝1時間前に飲むことでスムーズな眠りへと導きます。
・起床後「ほうじこゆるぎ紅茶」:「こゆるぎ」とは、現在の大磯から小田原あたりを指す古い呼び名。こちらは小田原に店と茶畑がある如春園の紅茶で、緑茶のほうじ茶ともまた異なる飲み口で、春摘みの豊かな香りと味わいが寝起きの体に染み渡ります。
・お出かけ前「有機甘酒ときめく麹」:国産有機米と有機米麹で作られた甘酒を外出前に。食物繊維など豊富に含み、「飲む点滴」と呼ばれる甘酒で栄養補給を。
「おひるねみかん」(450円)と「有機甘酒ときめく麹」(300円)は冷蔵庫で冷えています。
また、大浴場の湯上がり処には冷たい足柄茶が。
寝起きに「ほうじこゆるぎ紅茶」でほっこりした後は、界オリジナル「現代湯治体操」を。温泉入浴と共にこの体操をすることで、さらなる血流の改善・促進を目指します。
この現代湯治体操には全国の界共通のストレッチに加え、仙石原オリジナルの「仙石原ペダリング体操」があります。これは、施設のそばにある名所「仙石原すすき草原」でサイクリングを楽しむ様子をイメージして考えられたもので、仰向けに横になってペダルを漕ぐ動作と呼吸法を組み合わせた体操です。希望に応じて貸出があるヨガマットを活用し、テラスで行います。呼吸を意識しながらのペダリング体操は、見た目以上にハード!良い運動になるので、毎朝のストレッチに取り入れたくなります。
特別にスタッフの方に「ペダリング体操」を実演していただきました。
体操について詳しくは、客室内の手引きに解説があります。
朝食の後は、「現代湯治ウォーキング」へ。湯守りのおすすめは、仙石原すすき草原までを往復するコース。目的地まで約1.1km、およそ30分のウォーキングです。高台に立つ宿を出発し、坂道を下っていくと県道75号に突き当たります。県道の横断歩道を渡って左折すれば、そこから草原までは1本道。「鼻から吸って口から吐く」呼吸法を意識しつつ、いつもより大股で歩みを進めます。大きなカーブを曲がると仙石原すすき草原が!毎年3月に山焼きが行われるのでこの時季のすすき草原はまだ草の背も低く、秋に見る風景とはまた異なる様相。県道を挟んだ反対側は、箱根仙石原湿原が広がっています。
行きは楽々の宿そばの坂道。ウォーキング終盤では、ちょっとした“箱根の難所”になります(笑。
歩き方や草原までの地図は「うるはし現代湯治」の手引書に記されています。
仙石原の大自然とアート作品にインスピレーションを得て、創作体験を
ゆったり湯治体験の合間に楽しめるアクティビティをご紹介します。
界の各施設で体験できるオリジナリティあふれるアクティビティ「ご当地楽」。仙石原では「アトリエ温泉旅館」のコンセプトにちなみ、手ぬぐいの絵付け・色付け体験ができます。オリジナルの手ぬぐいは型染作家小倉充子さんによるもので、宿場町・箱根の風景や、仙石原の自然などを描いたものに加え、自由に好きな絵を描けるまっさらな手ぬぐいも用意されています。
手ぬぐいはアトリエライブラリーに用意されており、布用のクレヨンやペンを使用して自由に彩色していきます。
今回は、仙石原の草花や野鳥を描いた手ぬぐいをセレクト。まったく絵心がない私ですが、ステキに仕上がりま
した!ご自宅でアイロンをかけた後なら、洗濯も可能になります。
・ご当地楽「表現を楽しむ彩り手ぬぐい」について詳しくはこちら
界のもう一つのアクティビティに、地元の職人や生産者と行うご当地体験「手業のひととき」があります。仙石原では毎週火・木曜日限定で「仙石原の自然をテーマにしたアート制作体験」を楽しめます。
界 仙石原では、2018年7月27日の開業に先駆けて「アーティスト イン レジデンス」が開催され、国内外のアーティスト12名が集い、宿に滞在して箱根の地を巡り、創作を行いました。館内を彩る作品は、その時に描かれたもの。「手業のひととき」では、「アーティスト イン レジデンス」に参加した方々が講師を務めます。
「手業のひととき」の会場は別館のサロンで、現在、講座を担当されているアーティスト・鈴木泰人さんの個展「ワンダーフォーゲル」が開催されています。
鈴木さんはスロベニアや奥能登など国内外に足を運び、制作活動を行っています。その作品はキャンバスの上だけに留まらず、近年は空間にオブジェを整然と並べてゆくインスタレーションも手がけています。
鈴木さんと楽しむ「手業のひととき」は、花や葉にアクリル絵の具で色付けしてキャンバスにスタンプするというユニークな技法。素材は、その日の朝に鈴木さんが界 仙石原の敷地内で集めてきたもので、さながらサラダのように美しくガラスの器に盛り付けられています。
紙の上でスタンプ具合を試した後に、実際にキャンバスでトライします。アクリル絵の具の特徴や筆の使い方、色の合わせ方など、ユーモアを交えつつ要所で入る鈴木さんのアドバイス。「まずは体験して感じてもらいたいので、アドバイスは(講座の)後半の方が多いかもしれませんね」と茶目っ気たっぷりに話します。
葉の形、色のセレクトに悩みます!葉の位置を決めたら、キャンバスにのせ、その上に紙を重ね、
版画の「馬連(バレン)」の要領でアクリル絵の具を擦り付けます。
葉や花の茎まで色をのせるのがポイント。さまざまな形の葉や色を重ねていきます。
仕上がった作品を記念撮影。仙石原の風景が見える窓際がベストポジション!
鈴木さんの手による作品と、実際に作品に使用された葉っぱたち。こうして見ると絵の具のついた葉が、
オブジェのように見えてきます。
鈴木さんの個展と「手業のひととき」は6月28日まで、9月6日〜11月29日までは日本画家の加藤正二郎さんが担当します。アーティストの創作活動に触れられる貴重な時を、過ごしてみませんか。
作品の前に佇む鈴木泰人さん。鈴木さんの作品は客室に常設されています。
・手業のひととき「仙石原の自然をテーマにしたアート制作体験」
開催中〜6月28日まで、9月6日〜11月29日の火・木曜
宿泊初日15:00〜17:00
詳しくはこちら
夕餉で、朝食で、器を愛でつつ“口福”に
「うるはし現代湯治」ステイを鮮やかに彩ってくれる食事のとき。「アトリエ温泉旅館」を標榜する界 仙石原では、器もまた注目です。陶磁器や鋳物などを組み合わせ、仙石原の自然をイメージさせる料理の数々。献立は季節替わりなので、四季を通して訪れたくなります。
写真左から。先付けのサーモンの瞬間燻製は噴煙をイメージしたスモークが閉じ込められています。八寸が盛られた網目の器は鋳物で、自由に形を変えることができます。台の物の山海石焼は、牛肉と魚介の特徴に合わせた石で素材を焼き上げます。
竹かごが目を引く朝食。かごの中に地元名物のかまぼこが隠れています。自然薯のステーキは、
もっちりとした食感で、さながら和風パンケーキ!
今回滞在したのは、スペイン人アーティスト、ジェロニモ・マヤさんの作品が飾られているお部屋。客室の中央にデスクとしても利用できるキャビネットがあり、その向こうにテラスに面してソファーが置かれています。
「現代湯治+ワーケーション」を可能にする環境。仕事の手を止めて、ふと窓外を見やれば箱根の大パノラマ。 仕事が片づいたら、客室露天風呂の温泉で湯あみを満喫できます。
ワーケーションするもよし、ひたすらに温泉と向き合うもよし。いろんな過ごし方ができる空間で、心と体をすみずみまで癒す、界流・現代湯治を楽しみませんか。
【界 仙石原】
電話: 0570-073-011(界 予約センター)
料金:1泊2名1室の場合、夕・朝食付き(2名1室利用時)1名あたり5万5,000円〜
URL: https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/kaisengokuhara/
(取材・文/川崎久子)