世界のファインダイニング by 江藤詩文

第63回  豊穣な土地と歴史を美しく現代的に表現する食文化のショーケース「Belcanto」(ポルトガル・リスボン)

▲「Belcanto(ベルカント)」オーナーシェフ
Jose(*eの上にアクセントがつきます)Avillez(ホセ・アヴィレス)さん

「えっと、ポルトガル料理といえばバカリャウ(干しダラ)とレイタオン(仔豚の丸焼き)、パステル・デ・ナタ(エッグタルト)…」。
ポルトガルでもっとも世界的に有名なシェフ、ホセさんにいきなり「ポルトガル料理と言われて何を思い浮かべますか」と逆質問され、うっかり小学生みたいな答えを口走ると、彼は笑ながらこう言いました。「それはいい。海のものと山のものが同時に並ぶポルトガルの豊かな食卓の本質をつかんでいます」


▲海、山、川、里山、離島とポルトガル産の食材がバランスよく使われ、
北から南まで気候風土を知ることができる構成に

イノベーティブな分子ガストロノミーで世界を席巻した「エル・ブリ」を筆頭に、世界のフードシーンの中心に君臨するスペイン。ポルトガルはその隣りに位置しながら、日本ではまだガストロノミーツーリズムのデスティネーションとしてはあまり認知が進んでいるとはいえません。

けれどもホセさんは自国の食についてこう語ります。
「ポルトガルは大西洋と地中海というふたつの海を持っています。このふたつの海は流域も水温も異なりますから、そこで育つ魚の種類も異なります。さらに離島の周辺では生息する魚介類がまた違うなど、バリエーション豊かなシーフードを手に入れることができます」


▲2008年に誕生したホセさんのシグネチャー「ガチョウのゴールデンエッグ 黒トリュフ」

「一方でスペインに接する内陸には山が連なり、テージョ川をはじめ山と海をつなぐ川がある。里山から平地、海岸と異なる地形に南北の気候差が重なり、小さな国ながら魚介類、川魚、野菜、肉、里山のジビエや野草、きのこなど食材が実に豊かに揃います。食は土地と密接につながっていますから、ポルトガル料理は自然の恵みを享受したすばらしいものです」

けれども経済的な発展が停滞したこともあり、豊かな素材を持ちながらオートキュイジーヌに昇華されることが少なく、ファインダイニングシーンに出遅れてしまったとか。


▲ホセさんが再構築したレイタオン(左上)。
一般的な郷土料理(右下)と構成要素は同じ。
各料理にイラスト入りの説明が書かれたカードがつきます

「料理というのはその土地の歴史と文化、知恵の集大成であり、人々のアイデンティティそのもの。料理に改革を起こすということは、文化を発展させることなのです」とホセさん。

つまりポルトガル料理の価値を高めることは、長い歴史を誇るポルトガルの食文化をさらに進化させ、人々が自分の国ポルトガルに誇りを持つことに繋がるわけです。そのためホセさんは、フランス料理やスペイン料理ではなく、あえて「モダンなポルトガル料理」をコンセプトに、ポルトガル料理の歴史をひもとき、それを再構築して世界に誇るオートキュイジーヌとして世界に発信しようと、ファインダイニングをスタートしました。

「始めた当時はクレイジーとまで言われましたよ(爆笑)。でもこの活動は、長い目で見ると必ず国の未来のために役立つと私は信じています」


▲ポルトガルの食卓に欠かせない豚肉はホセさんにとって大切な食材。デザートにまで登場

テンプラにバッテラ、コンペイトウ、カステラなど日本の食文化にも影響を与えてきたポルトガル。日本のフードシーンも、今あらためてポルトガルとホセさんの活動から気づくことがあるかもしれない。ただおいしい料理を楽しむだけではない、ファインダイニングの本質をあらためて考える時間となりました。

▲ポルトガルといえば欠かせないのがワイン。
ポルトガル産ワインのみのペアリングが用意

Belcanto https://www.belcanto.pt/en/
*公式サイトから予約できます(英語・ポルトガル語・スペイン語・フランス語)
*記事内の情報はすべて訪問時のもの。季節やお店の事情により変更されます。

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