春から秋にかけては立山黒部アルペンルート、冬はスキーヤーが白馬へ行く玄関口として知られる長野県の大町温泉郷。こぢんまりとした温泉郷の一番奥に「信州の贅沢な田舎を体感する温泉宿」をコンセプトとした、星野リゾート 界 アルプスがあります。“田舎なのに贅沢?”とちょっと相反する言葉のような気がしますが、実際に訪れてみるとその意味がよくわかる心あたたまる滞在となりました。
黒い雁木と紅葉が美しく見える星野リゾート 界 アルプス
到着して気がついたのは客室や食事処・温泉棟が建つ建物に沿って道があること。これは「雁木(がんぎ)」と呼ばれる、雪が多い地方独特の雪よけの屋根付きアーケードのこと。ここで一気に非日常の世界へと引き込まれます。冬になると、黒光りする堂々とした雁木が降り積もる真っ白な雪にとっても映えそうです。また、明かりが灯る夕方から夜の雁木は昼とは違った幻想的な表情を見せてくれます。
夜に浮かび上がる格子が幻想的
囲炉裏で過ごすほっこり時間
チェックインは石の床、落ち着きある色合いの濃い茶色の調度品が並べられたロビーにて行います。チェックインの途中でも気になっていたのが、ロビーのすぐ隣りに位置する囲炉裏です。2017年12月にリニューアルオープンした際、よりスタイリッシュな空間として生まれ変わったそうです。私自身、生まれも育ちも東京首都圏で田舎がないので、テレビや取材先でしかお目にかからない囲炉裏ですが、囲炉裏端に座ると何故か琴線にふれるようなほっとした気持ちにさせてくれます。多くの滞在客もこの空間にやさしさを感じるのではないでしょうか。
囲炉裏を囲むと自然と会話も弾む
もちろんこの囲炉裏は飾りではなくて現役。星野リゾート 界ブランドで展開されている各地域の特徴的な文化にふれられるオリジナルの「ご当地楽(ごとうちがく)」を囲炉裏でさまざま楽しめるように用意されているのです。
今回私が楽しんだのは、北アルプスの山々が紅葉で彩られる11月30日まで提供される「紅葉おやき」。赤や黄色に色づけられた信州名物の野沢菜のおやきは、まるで紅葉のような鮮やかさ。炭が燃える音、ゆらゆら揺れる火、鉄板であたためられる素朴な味わいのおやき。取材のことを思わず忘れてしまいそうな穏やかな時間が流れます。
カラフルなおやきは素朴なおいしさ
また、お酒好きの大人がうれしい囲炉裏での時間があります。19:30から始まる囲炉裏のご主人による民話語り・昔話の後は、囲炉裏であたためた大町の地酒の熱燗と出来たての焼きりんごのふるまいがあります。
囲炉裏で民話語りや昔話を聞く
地酒を熱燗でいただく
子供の頃の田舎の話、囲炉裏を囲んで他の滞在客と顔を合わせながらの楽しい会話、そしてじわっ~と体に染み渡る熱燗と甘くてほくほくの焼きりんご。囲炉裏を囲みながら流れるこの優しくゆったりとした時間こそが、贅沢な田舎体験なんだなと思わせてくれました。
熱燗を味わいながらの他の滞在客との会話も楽しい
薪ストーブのある2階建ての離れ
客室はリニューアルに伴い、全室がご当地部屋となり、スタンダードタイプの和モダンな和室、ロフト付き和室、温泉内風呂付和室、そして離れと部屋の種類も増えたそうです。今回滞在させていただいたのは中庭の奥に位置する「信濃もてなしの間 離れ」。2階建てになっており、1階と2階に2つずつ、計4つのベッドが用意されているので、家族や友人同士の宿泊にぴったりの客室です。
離れの2階から1階を見下ろす
中庭を見渡せるガラス張りの大きな窓を兼ねた入口から入ると、カラフルなクッションが並ぶ掘りごたつ式のソファと切り絵が目に入ります。そして、土間のような空間にはなんと本物の薪ストーブが用意されています。こちらの切り絵は、信州のきりえ作家・柳沢京子さんが「アルプスの麓の詩情」をテーマに渋紙を使用して制作されたもの。各客室ごとに異なるデザインが用意され、離れのきりえは界 アルプスオリジナルのもの。雷鳥のきりえがとってもかわいらしいので注目してみてくださいね。また、きりえは食事処の入口や湯上がり処にも飾られています。
柳沢京子さんのきりえが客室を彩る
そして、薪ストーブは、現代人にとっては囲炉裏と同じくとても珍しい存在。エアコンはありますが、せっかくなので薪ストーブを使ってみてはいかがでしょう。説明書もありますが、もし使い方がわからなかったら気軽にスタッフに訊いてくださいとのこと。薪が作り出すあたたかさは身体をふんわりと包みこんでくれるようなやさしさ。まるで冬の寒い日にお風呂につかる瞬間と同じ感覚かもしれません。そして何故か炎は人を癒す力もある気がします。炎を見て、家族や友人同士で薪ストーブのまわりでおしゃべりしながら過ごす時間も、「贅沢な田舎体験」なのかもしれませんね。
離れの薪ストーブ。雷鳥のルームキーもかわいらしい
鍬で焼く!?贅沢な会席
お楽しみは夕食にも続きます。夕食と朝食は食事処でいただきます。この日いただいたのは11月30日まで提供される「特別会席の鍬(くわ)焼き会席」。まずは、清流で育てられる涼やかな信州のわさび畑をイメージした「ローストビーフの信州巻き」の先付けからスタート。籠には本物の石が敷き詰められており、その上にはわさびの葉に見立てたお皿。ローストビーフで包んだリンゴのサクサクとした食感も楽しいひと皿です。
ローストビーフの信州巻き
秋刀魚幽庵焼き、炙り太刀魚寿司、鶏と干し葡萄の松風、お造り取り合わせなど、信州の田舎がワンプレートでたっぷり演出された「宝楽盛り」は見た目にもとても豪華です。いろいろな種類を少しずつという、特に女子にはうれしい小鉢が並んでおり、どれから食べようか迷ってしまいます。
一品一品美しく盛られた宝楽盛り
そしてメインは「牛と鶏の鍬焼き 味噌だれ仕立て」です。その昔、農作業の合間に農工具として使っていた鍬の上で食材を焼いて料理をしたのが始まりとされる「鍬焼き」。なんと、界 アルプスでは、本物の鍬のミニチュアのような鍬焼き専用の特製の鍬を用意。
滞在客自ら鶏肉、野菜、牛肉の順に熱した鍬の鉄板の上で焼いていきます。具材に火が通ったら火をとめて、くるみ味噌ダレを食材にかけて絡めていただきます。鍬の上でジュージューとおいしそうな音をたてながら焼きあがっていく様子を見るだけでも食欲がわいてきます。そして、野菜の上でじんわりと焼き上げた牛肉のサシがやさしく溶けだすので、舌の上で脂身の甘みも広がります。味噌だれの濃厚さもご飯が進みます。最後には目の前で炊き上げる土鍋ご飯をいただけます。土鍋ならではの焦げもお楽しみに。甘味で夕食をしめれば、囲炉裏端での民話語りと熱燗がお待ちかね。なんとも贅沢な滞在です。
くるみ味噌ダレが食材の旨みをより引き出す
温泉の後は客室でマッサージ
温泉も忘れてはいけません。星野リゾート 界 アルプスのある大町温泉郷の湯は北アルプスの麓に位置する葛温泉から引湯した単純温泉。男女ともに檜の内風呂と御影石の露天風呂で温泉をたっぷり楽しめます。また、「界」では地域ならではの泉質や入浴方法をおしえてくれる「うるはし現代湯治」を提案しています。界 アルプスでは、16:00~16:15の間、「い 行ってみよう 現代湯治の五か条」や「ほ ほっこりにっこりいい温泉」など、湯守りのスタッフ手作りのオリジナル温泉かるたを使って楽しく温泉について学ぶことができます。
手描きの素朴な温泉かるたで温泉について学びました
また、温泉での湯浴みの後は国家資格者によるマッサージもおすすめです。客室で施術してくれるので、マッサージで心地よくなった後、そのまま客室でひと休みしても大丈夫なのがうれしいですね。温泉とマッサージで、翌朝起きた時に体がすっきりしていることを実感できますよ。
温泉で体をあたためてからマッサージ
翌朝はぜひ早起きして、朝6:15から中庭(雨天時・冬季はロビーにて)で「アルプス体操」に参加してみてください! 山登りをイメージした体操なのでちょっとキツイところもありましたが、終わった頃にはじんわり汗が出るほど。体がしっかり起きたことを実感できました。
体がしっかり目覚めるアルプス体操
体操の後は、また囲炉裏へ。朝6:00~7:00まで、かまどで炊いた「おめざがゆ」がふるまわれています。珍しいのが、お粥を塩でいただくのではなく、みたらし餡やきなこでいただくというところ。お好みで食べてみてくださいね。あたたかくやさしいお味のお粥がゆっくりと胃を起こしてくれます。
やさしいお味のお粥をいただく
あでやかな紅葉を眺めながら
心地よい客室や囲炉裏でゆっくりするだけでなく、他にも紅葉の美しい時期ならではのアクティビティも界 アルプスでは楽しめます。中庭では、ヤマモミジやカエデ、イチョウなど色づいた落ち葉で湯船をたっぷり満たした「落ち葉風呂」が今年初登場。周辺エリアの紅葉スポットをまとめたオリジナルのマップと籠を持っての「紅葉さんぽ」もおすすめです。また、冬には宿泊者専用のスキー乾燥室になるHutte Alpsには拾った落ち葉を紙に貼ってオリジナルポストカードを作成できるコーナーもあります。色鉛筆と筆ペンで水彩画のようなポストカードを作れる「紅葉スケッチ」も中庭に用意されているので、自分だけの旅の思い出を作ってみては?
紅葉の時期ならではの楽しみを体験
私を含めて田舎のない人も多くなりつつ現代ですが、美しい自然と囲炉裏、離れの薪ストーブ、他のゲストとの会話など、設えの豪華さではなく、ゆったりと過ごすひと時こそが贅沢な時間とつくづく思わせてくれる、心が落ち着く温泉宿での滞在となりました。
星野リゾート 界 アルプス
長野県大町市平2884-26 TEL0570-073-011(界予約センター)
料金:22,000円~(2名1室利用時1名あたり、サービス料込・税別、夕朝食付)
取材・文:塩見有紀子