東京・銀座。初めて保護者に伴われず、同い年の友人と銀座で食事をした時は、とても誇らしかったものでした。今月は、そんな銀座が大人の街だったころを思わせる銀座らしい2軒を紹介します。
(渓谷|鰻 蓼 ジロール茸)
5丁目の「エスキス」。真っ白なクロスの上に美しくセッティングされたショープレートには、「浸透|カサゴ セロリ トリュフ」「直感|ルバーブ バディアンヌ 葛切り」といった詩的な単語と主な食材だけが簡潔に並んだメニューが置かれています。このワードは、それぞれの料理が表現する世界観を読み解く鍵。9つのチャプター(私が選んだコースの場合)で構成されたそれは、まるで文学作品の目次みたい。ひと皿が運ばれるたびに、ページをめくるような楽しみがあります。
(記憶|蛸 豚 ういきょう)
ちなみに私は目次をじっくり読んでストーリーを想像してから本文へ進むタイプ(余談ですが、あとがきと解説も先に熟読します。そういう方いらっしゃいます?)。メニューを読み始めるとすぐ、違和感を覚えました。本来ならクライマックス(メインディッシュ)に位置すべき「鳩」が、まだ序章の2皿目に記されているのです。
(敬意|鳩 グロゼイユ ビーツ)
かくして登場した、美しい幾何学模様を描く鳩のひと皿。しっとりと滑らかな胸肉は、フルーツの香りをまとった冷菜に仕上げられていました。ハト肉に感じる野性味や鉄分の匂いはなく、余韻が消えた後に感じるのは、肉料理からはリンクしづらい透明感。エグゼクティブシェフのLionel Beccat(リオネル・ベカ)さんの料理を表現するのに、透明感という言葉が私にはしっくりきます。
(シェフ・ド・キュイジーヌのUgo Perret-Gallix(ユーゴ・ペレ ガリックス)さんが
目配りするパンも素敵)
この“透明感”という日本語特有の感覚は、外国語に訳しづらく、それゆえ外国人と共有しにくい感性でもあるのですが、リオネルさんの世界観にはそれがあります。リオネルさんは、日本の軟水や豆腐など、強く主張する味を持たない無色透明な食材のおいしさにも関心があるそうです。
(ミシュラン二ツ星を持つ料理人でありながら、
フォトグラファーとしても活躍するアーティストのリオネルさん。
写真と文を手がけたアートブックがまもなく発表されます)
澄んだ空気に響く山寺の鐘の音のように、やわらかな余韻を残して消えていくリオネルさんの料理。フォーマルながらも堅苦しくない、洗練された穏やかなサービスがその料理に伴奏しています。憧れの街・銀座で日々創作される芸術作品。静かなトーンで奏でられる弦楽器のアンサンブルを料理にしたら、きっとこんな感じに違いありません。
(データ)
ESqUISSE(エスキス)https://www.esquissetokyo.com
公式サイト内で予約方法が案内されています
- 料理はすべて訪問時のもの。季節などにより変更されます