前編は、動物愛護団体から「温泉街のねこ達のTNRをしませんか」と声がかかり、その申し出を、さっそく女将会や旅館組合に持ちかけた、というところまでお伝えしました。
と、ここまでならば 他の温泉地でもありそうなこと。小野川はここからの対応がすばらしいのです。女将会のメンバーは、「それはありがたい」「ぜひやろう」と即決。女将会の上部組織である旅館組合も「やってみればいいよ」と賛成してくれました。
運営は女将会が行うこととなり、2017年2月22日、「幸せ猫プロジェクト」がスタート。活動資金は、寄付金付きの宿泊プランや、特産品である独楽や米沢織りのオリジナルグッズの販売利益、募金などから捻出することとなり、温泉街あげての取り組みがはじまりました。そうして集めた16万5000円の資金を元に、半年後には11匹のねこの避妊去勢を完了。その後も、捨てねこをさせないためにポスターを貼ったり、糞尿被害を減らすためねこが嫌う素材を花壇などに敷くなど、活動を継続しています。
旅館フロントに置いてある募金箱や、オリジナルのお土産品、猫独楽
ねこ問題をかかえている温泉地は数あれど、温泉地域をあげての取り組みは、知りうる限り小野川が全国初。なぜ小野川ではこうした取り組みができたのでしょう?
プロジェクトの中心メンバーである亀屋万年閣の若女将、佐藤梨絵さんにうかがってみたところ、「動物好きな人たちが多いからでしょうか」とのお答え。確かに小野川は、飼い犬、飼いねこが多い温泉地。それは、その場所でご家族が一緒に暮らしているということでもあるのです。
↑アイキャッチ避妊去勢済みのシルシ、耳カットをした「幸せ猫」たち。梨絵さんは全部のねこの名前や特徴をご存知です
小野川では、その土地で暮らすということが、お湯を利用するための条件の一つにもなっています。1966年より温泉の集中管理が行われ、各宿へ適正量のお湯を分配するシステムができあがりました。だれが温泉を利用できるのかについても取り決めがあり、平たい言葉で言えば、この土地に骨を埋める人にだけ、温泉使用の権利が受け継がれていくということになっています。
小野川のほぼ全ての宿がかけ流し。適度な大きさの湯船に硫黄の香る上質なお湯が注がれています。湯巡りも楽しい温泉地です
その土地から湧き出す温泉を、そこで暮らす人たち皆で守りながら、地域や宿が運営されている小野川温泉。地域ねこ活動がスムーズに行えたのも、温泉を軸とした共同体としての結びつきがあるからにほかなりません。そうした意識、つまりは地元への愛情は、きっと楽しい日々の暮らしの中から生まれてくるんじゃないかと思われます。
梨絵さんが副会長を務める女将会でも、地元大豆を使って一緒に味噌を造ったり、味噌料理のコンテストを行ったりするなど、月に1度集まりながら、様々な活動を行っています。その一つに「幸せ猫プロジェクト」が加わったということになります。温泉を営む人たちが無理なく自然体で行っているからこそ、このプロジェクトは成功したのだろうと考えられます。
毎年冬には女将会で味噌造り。朝食の味噌汁は“女将味噌”です。写真は小野川温泉女将会より提供
こぢんまりとした小宿が多い小野川。硫黄と食塩の含まれた熱くてあたたまるお湯が湯船にたえまなく注がれ、家族的なもてなしがあり、さり気ない暮らしがある、そんな温泉地だからなのか、何度訪れても本当に居心地がいいんです。ねこ好きな人にはもちろん、何だかくたびれたなって時に行きたくなるやさしい温泉です。