この連載も6年目。あちらこちらひとりで取材に出かけてきました。ひとり泊だと宿のあれこれと長く向き合うことになりがちですが、あゆの里は滞在中ずっと居心地が良く、申し分のない1泊を過ごせました。なのでチェックアウト時すぐに掲載のお願いをしました。
こちら前々から気になっていた旅館でした。九州の宿で初めて2019年にハラール認証を取得。ハラール対応料理のほか、五葷を抜いた台湾素食、生魚が苦手など多様な食に対応しています。ベジタリアン料理がおいしいとの情報を得ていたのですが、1週間前までに予約が必要なため、今回は「肉抜き」ということで朝夕食をお願いしました。
料理は、前菜からデザートまで11品。ネパールやベトナムから来たスタッフさんが何度かに分けて運んでくれます。そのタイミングがすばらしく、合間合間のちょっとしたお喋りも楽しくて、ゆったりと食事ができました。そして料理のすばらしいこと。ここ1年間に泊まった何十軒もの宿の中でも、指折りおいしいと思える料理でした。天ぷらはごま油を独自にブレンドしており、香ばしくからりと揚がっています。お造りは基本川魚。魚の臭いがうつるツマは敷かず、食べられる野菜を添えてあります。野菜の味が濃く、素材一つ一つに目を配っていることが分かります。
宿泊時の夕食一部。お造りには人吉大鱒、
鯛しゃぶには人吉球磨産のたもぎ茸など地元産の素材をふんだんに。
お米は若手スタッフさんらが一緒に田植えをしている契約農家から
肉抜きの場合、夕食の黒毛和牛は鯛のしゃぶしゃぶに、朝食の牛肉しぐれ煮はヒジキに変わっていましたが、残りは通常メニューと同じです。食の多様化を先頭に立って進めてきた社長の有村友美さんによると「特別に作るというより共通点を考えながら献立を作っています」とのこと。グループ内で一人だけがベジタリアン料理であったとしても追加料金はかかりません。温泉旅館でこうした取り組みをしているところはまだまだ貴重。「外国からのお客様も増えており、うち食事への対応が必要な方は半数以上いらっしゃる」のだそうです。
ひとり旅もウェルカムです。料金は若干アップしますが、それでも2食付1名2万円前後〜(客室タイプと時期にもよります)。広々としたロビーでコーヒーを飲んだり、球磨焼酎ラウンジで試飲をしたりとパブリックが広いので、マイペースで時間を過ごせます。ひとり旅の時には眺めも大切。客室や屋上テラスから眺める球磨川の美しいこと。風格のある大河で人吉盆地を悠々と流れています。
球磨川は2020年夏に氾濫し、あゆの里も大きな被害を受けました。たいへんなご苦労を重ね、1年後に復興をしたのですが、この水害を受け、有村さんは、地球温暖化や環境についてより掘り下げて考えるようになったのだそうです。プラスティック製品の削減やフードマイレージ、フードロスの問題などのほか、地域との連携や地域の魅力発信についても積極的に取り組んでいます。人吉球磨がこの先もずっと、豊かな盆地であり続けることを願っての活動が、居心地の良い空気感を生み出しているように思われました。
あゆの里は70室ある宿ですが、不思議にも小さな旅館に泊まっているような居心地でした。食への対応を見ても解るように、個々人にちゃんと向き合っている、そんなもてなしの心が感じられるからでしょうか。ちなみに大浴場は露天付きで、弱アルカリらしいツルスベ感がありました。客室露天や足湯はかけ流し、玄関先には飲泉場も設けられています。
人吉温泉 あゆの里 https://www.ayunosato.jp