今年6月、カンボジアのプノンペンで開催された世界遺産委員会で、富士山が世界遺産に登録されました。
「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」として、国内17番目の世界遺産の誕生は大きな話題となり、世界遺産自体への関心もますます高まってきているようです。
この夏、富士登山を計画されている方も多いのではないでしょうか。
「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」は、富士山域だけでなく、富士山本宮浅間大社などの神社、旧外川家住宅など富士講の人々に宿を提供した御師(おし)の家、そして三保の松原など、25の構成資産から成る文化遺産です。
今回の委員会では、文化遺産14件、自然遺産5件、合計19件の世界遺産が新たに誕生し、現時点での世界遺産登録数は981件となりました。来年には1000件に達するかもしれませんね。
新たな世界遺産誕生は喜ばしいことですが、その半面、危機遺産も増えています。
危機遺産とは、世界遺産登録時に認められた顕著な普遍的価値が損なわれる恐れのある遺産のこと。
その理由は、風化や地震などの天災によるものや、戦争や紛争、環境破壊などの人災によるものとさまざまです。
リストに登録されると世界遺産センターや各国政府などから財政的・技術的支援を受け、危機からの脱却を目指すことになります。
世界遺産委員会では新規の登録だけでなく、既存の世界遺産の保全状態なども審議されています。
今回、「危機にさらされている世界遺産リスト」に登録された物件は7件、危機遺産の登録解除は1件で、危機遺産は44件となりました。
今回の危機遺産リストの審議で特徴的だったことは、シリア・アラブ共和国(以下シリア)にある6つすべての世界遺産が危機遺産リストに入ったことです。シリア内戦によって世界遺産が破壊される恐れがあるためです。
シリアには以下の6つの世界遺産があります。簡単に紹介します。
○古都ダマスクス(文化遺産 /
1979年登録)
イスラム世界初の王朝ウマイヤ朝の首都として繁栄した商業都市。現存する世界最古のモスク、ウマイヤ・モスクなどの歴史的建造物も数多い。
旧市街の中心に位置するウマイヤ・モスク
○古代都市ボスラ(文化遺産 /
1980年登録)
2世紀初頭、ローマ帝国アラビア属州の州都であった。ローマ劇場など、今もローマ時代の遺跡が残る。
○パルミラの遺跡(文化遺産 /
1980年登録)
紀元前1世紀ごろから3世紀までシルクロードの交易で栄えたオアシス都市で、現在もローマ遺跡の遺構が数多く残る。
シルクロードの隊商都市として繁栄したパルミラ
○古都アレッポ(文化遺産 / 1986年登録)
首都ダマスカスに次ぐ第二の都市で、隊商都市として栄えた古い歴史をもつ。
○クラック・デ・シュヴァリエとカル-エッサラー・エル-ディン(文化遺産 /
2006年登録)
シリア北西部にある11〜13世紀の十字軍時代を代表する2つの城塞。
○シリア北部の古代村落群(文化遺産 /
2011年登録)
8〜10世紀に放棄された集落遺跡で、キリスト教の教会や貯水槽、高度な技術をもった農業灌漑設備などの遺構が見られる。
※上記シリアの世界遺産の名称(和文表記)は、日本ユネスコ協会連盟のホームページを参照しています。
このうち、大きな被害が確認されているのは、アレッポ城の正門が損傷したなどの報告がある、古都アレッポのみで、まだ他の遺産に関しては内戦による影響は少ないようですが、いつ何が起こるかわかりません。
シリアの全物件が危機遺産リストに登録されたのは、国際社会の注目を集めることにより世界遺産保全の重要性を知らしめ、ひいては政情の安定化を訴えていくためのようです。
内戦が早く終息し、危機遺産の登録解除がなされる日がすぐに来るのを願うばかりです。
世界遺産を後世へ受け継いでいくためには、まず平和であることが重要なのですね。
一方で、危機遺産は政情不安なエリアのみを心配するものではありません。
経済開発や都市開発の優先や、観光事業の増加など、日本でも世界遺産への脅威は考えられます。昨年5月には合掌造り集落・白川郷がある岐阜県白川村に、国内の諮問機関から「民間駐車場が世界遺産地域の保全を脅かしている」と意見文書が送られています。問題が放置されれば、「危機遺産」リスト入りの可能性もあるようです。富士山でも登録前から登山客の増加による環境悪化が懸念されています。
普段世界遺産と関わりなく暮らしている私たちも、観光で訪れた際には気を付けて行動したいものです。それが世界遺産を守り、後世に引き継いでいくことにつながるのではないでしょうか。
(文・山本 厚子)