宗教や信仰に関連した世界遺産は非常に数多く、なかにはひとつの場所が複数の宗教の聖地となっている場合があります。すぐに思いつくのは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教の聖地になっているエルサレムでしょう。残念ながら、そのために現在も対立や紛争が続いています。また逆に3つの異なる宗教が共存していた稀有な場所があります。インドの「エローラ石窟群」です。3つの宗教とは、紀元前5世紀ごろ開祖・釈迦が説いた仏教、インドで多数派を占める民族宗教のヒンドゥー教、仏教と同時期に生まれ、苦行・禁欲・不殺生に厳格なジャイナ教で、いずれもインドで起こった宗教です。
仏像や仏塔が安置されている第10窟(Photo by Pixabay)
ムンバイの北東約350㎞、アウランガーバード郊外に位置するエローラ。ここにあるのは、6~10世紀にかけて岩山をくりぬいて造営された34の石窟寺院です。南北2kmにわたって立ち並び、南から北へと時代が新しくなってきます。南にあり、時代が古いのは、第1~12窟の仏教窟で、ほとんどが修業のための僧院ですが、第10窟には仏塔と仏像が安置されています。最も北に位置するのは、第30~34窟のジャイナ教窟。繊細な彫刻が特徴ですが、多くの寺院が未完となっています。
象が支える第16窟のカイラーサ寺院の本殿(Photo by Pixabay)
第13~29窟はヒンドゥー教窟で、なかでも最大規模を誇り、エローラを代表するのが第16窟の「カイラーサ寺院」です。1つの岩山を上から下へと掘り出した高さ約34mの巨大な寺院で、完成までに100年を超える年月がかかったということにまず驚かされます。躍動感溢れる神々や神話上の動物などの精緻なレリーフが屋根や柱、梁を覆っていますが、それらがノミとツチだけを使って生み出されたという技術の高さにも目を見張ることでしょう。
カイラーサ寺院を俯瞰すると岩山から掘り出されて造られたのが理解できます(Photo by iStock)
石窟寺院の規模やその緻密な造りに人々の篤い信仰心を見るとともに、3つの宗教が共存する姿は、古代インド社会の寛容な精神が体現されています。同時期に造られていた寺院もあるそうで、それぞれの宗教への強い思いが互いに切磋琢磨し、より美しい寺院が生み出されたのでしょう。現代社会のおいても異文化への相互理解や寛容な精神は見習っていきたいものです。